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鹿児島へ

9月20日

娘は18日に退院してきましたが、ムコどのも連休で帰ってきている
ので手助けもあるし・・ということで私はちょっと失礼して、母と妹
と一緒に鹿児島へ。(膝痛がひどくなり、杖をつきながら・・)

とは言っても行楽ではありません。

昔からお世話になって家族同然のお付き合いをしていた方が8月23
日に亡くなり、私たちは急なことだったのでお葬式に行くことができ
なかったのですが、どうしても一度お参りに行きたいという母の願い
で、遅くなってしまいましたがご自宅のほうへ伺うことにしたのです。

父が鹿大に赴任した時、母はまだ30代の始めで、ほどなく妹が生ま
れたため、ベビーシッターや留守番や家事の手助けなどにアルバイト
で時々頼んでいたのが近所に住む”カツエ姉ちゃん”でした。

当時カツエ姉ちゃんはまだ高校生で、おうちは野菜や食料品や雑貨な
どを扱う商店でした。

明るくて気立てのよいカツエさんを父や母はとても気に入っていて信
頼もしていたため、数年後短大の家政科を出て大阪に就職が決まって
いたカツエさんを「うちの教室で働かないか」と父が研究補助員とし
て引き抜き?!(母もたぶんカツエさんがいなかったら困るから二人
で引き止めたのだとおもいます)、以来私たちが鹿児島を離れたあと
もずっと親しく交流は続いてきたのでした。

鹿大を離れたあともカツエさんは検査技師として市立病院に定年まで
勤められたと聞いています。

弟は鹿児島で学会があるたびにその時代の先生方とカツエさんと集ま
り、会う機会も度々あったようで、お葬式も母のかわりに飛んでいっ
てくれました。

47歳で乳癌、その後も甲状腺癌、とみまわれ、でもその都度持ち前
の明るさとバイタリティで克服されてきたのに、最後は肺がんから脳
や肝臓へ転移して力尽きたそうです。


鹿児島のお葬式でお別れをしたとき、自分の父親の葬儀にも涙を見せ
なかった、いつもほとんど感情を出さない弟が号泣して、棺の中のカ
ツエさんの顔を何度も何度も撫でていたと、同行した弟嫁のユミコさ
んが言ってました。

私はもう小学校にあがっていたのでそう手はかからなかったのですが、
弟や妹はほんとにカツエ姉ちゃんにはお世話になって、弟などいくつ
になっても小さい時の呼び名で「ボクちゃん」と呼ばれていました。
妹はそれこそ生まれたときからですから、おむつも替えてもらってた
はずです。
私も、家庭科のパジャマを縫うのを手伝ってもらったり、お皿洗いの
やり方などを教わったりしたことを覚えています。

父が入院し、容体が悪くなってからは「弱った姿は見られたくない」
との以前からの父の要望どおり、どんな偉い先生方がお見舞いに来ら
れても決して病室には入れずに失礼を承知でお見舞いもお断りしてい
た母が、鹿児島から来られたカツエさんだけは、「あなたは家族と一
緒だから」と喜んで迎えていました。

「先生、来ましたよ。カツエですよ」と大きな声で話しかけてくれる
と、ほとんど意識もなかった父が反応して不思議なくらいしっかりと
「カツエか」と応答したのはほんとにびっくりでした。

帰り際に「先生、また来ますね」とカツエさんが言われたとき、「も
う来んでええが」とあまのじゃくな父の返事に皆で笑ったのも昨日の
ことのように思い出されます。

父が亡くなって5年、カツエさんまで彼方に行ってしまうなんて。

この夏に入院したと聞いたときも、これほど急に逝ってしまわれるな
んて思いもせずに、退院されたら鹿児島に会いに行こうと母は思って
いたようです。

「こんな悲しいことはない」「自分より若い人を見送るなんて、長生
きをしたら辛い」とそれはそれは嘆いて沈み込んでおりました。

今回、ご自宅の方へ伺い、ご主人とお嬢さん、お手伝いに来られてた
姪ごさんにお目にかかりました。

カツエさんは入院中、母が出したお見舞いの手紙を、お嬢さんに「読
んで」と何度も何度も頼んで枕元で読んでもらっていたそうです。


母は本当に真心のこもった手紙を書ける人ですが、特にカツエさんに
はその真心や気持ちがよく伝わっていたのだと思います。

あの当時の両親は若かったし新しい教室の立ち上げに大変な苦労をし
たそうですから、鹿児島時代の先生方にしてもカツエさんにしても、
側で見ていてもなにか「同志」としての特別な絆があるような感じが
します。

でも一生のあいだにそのような情のこもった密な人間関係を築くこと
ができた両親はとても幸せだな、と思いました。


帰りに立ち寄った城山観光ホテルからの桜島(警戒レベルが下がってた)
 ↓
IMG_0525_convert_20150921154534.jpg

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いつ見ても懐かしい桜島です。


そして、いつ訪れても鹿児島はやっぱり「ふるさと」という気がします。






















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