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義母とのお別れ

4月11日のお昼過ぎに、大分県N市の主人の実家から突然電話があ
り、「お母さんが心肺停止になった」との連絡を受けました。

義母は、主人の兄夫婦とずっと同居していましたが、3年程前に大腿
骨骨折をしてから車椅子生活となり、3階建ての自宅では生活するこ
とが出来なくなったため、近くのグループホームにお世話になってい
ました。

施設の職員さんたちの優しい介護、美味しいお食事、季節毎の行事な
ど、行き届いたケアに本人も家族も満足しており、認知症がすすみ会
話が噛み合なくなっても、人が訪ねて来てくれることが好きで、兄夫
婦や私達が行くといつもニコニコして喜んでくれていました。

亡くなる4日前の日曜日に、久しぶりに主人、私、娘と3人で施設に
見舞ったときもとても嬉しそうに笑ってくれた笑顔が目に焼きついて
います。

「また来るね」と手をふると、義母もバイバイと手をふってくれたの
が最後の姿となりました。

あのとき、義母に会っていてほんとによかったと思います。


義母とは、主人と結婚してから33年間のお付き合いだったわけです。
(私は離れて暮らす次男の嫁だったため、最初から同居していた兄夫
婦のような濃密な日常的なふれあいはなかったのですが・・)

頭がよくものの言い方がはっきりしていて、時にキツイ と感じるこ
ともありましたが、間違ったことは言ったことがなく裏表がない気っ
ぷのいい人だったので、皆が一目置く、存在感のある義母でした。

義父の晩年の10年間程は片時もそばを離れずよく世話をされ、義父
も義母の姿が15分見えないと「おーい」と手をたたいて呼ぶほど、
いつもいつも一緒で、それを見聞きする私は「なんて仲がいいんだろ」
と感心しながらも「うわ〜・・・私ならこんなベッタリされたら、や
っとられんわ・・・」などと心の中で思ったりしたものでした。

偉い方だったなあ〜・・・・と今さらながらに思います。


これで主人は両親共見送ったわけで、兄も言っていましたが「今度は
オレの番だなあ・・」という気持ちになるようです。


天からお迎えが来るまであと何年残されているのかわかりませんが、
夫婦仲良く、孫の成長も出来るだけ長く見届けたいものです・・・・



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コメント一覧

#887 別れ
わたしも、同じような境遇に晒されていて深刻な日々を送っています

幸せがいつまでも続くといいのですが
現実は厳しいですね

そうであるがゆえに
日々の付き合いを大切にしたいと
思います
#889 悠々美術館さま、
コメントありがとうございます。
ほんとにそうですね、
厳しい現実はありながらも
平凡な毎日を大事にしていきたいと思います。

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