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Bloom where you are planted

先週土曜日は、福岡ホスピスの会主催の、大名町カソリック教会であ
ったシスター渡辺和子(ノートルダム清心女子大学理事長)の講演会
に出かけて行きました。

いま、本屋で平積みされている、シスターの新著「置かれた場所で咲
きなさい」
という本をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません
ね。(とってもいいご本です。ぜひお買い求めくださいませ!)

その日の演題は「たいせつなもの」

ある日のニュースで、本屋での万引きが増えているから、防犯カメラ
を増やす、店員の位置を工夫する、など対策を講じているという話を
聞いたシスター、「一番大事なことが抜けている」と感じたそうです。

ーーそれは、「そもそも万引きをするような子に育てない」というこ
と。

シスターのお話をかいつまんで要約しますとーー

このごろ、子供を叱らない親や先生が増えてきた。

子供は親や教師の言うとおりにはならない、する通りになる。

小さな不自由(我慢)を味わわなければならない。

一人格として、self control self discipline を身につけて
社会に出させたい。

「時間の使い方はいのちの使い方」

シスターが留学中、修道院で食事の支度で何十枚というお皿を並べて
いるときに修道長さまから「あなたはいま何を考えていますか」と聞
かれ、「何も」と答えると、「You are wasting time」と言われた。

このお皿で食事をする方々ひとりひとりのために「お幸せに」と祈り
ながら並べるならそれはもう”つまらない”仕事ではない、と言われ、
そのことがきっかけで、つまらないと思える仕事に心をこめ愛と祈り
を添えて意味を与えると、この世に「雑用」というものはない、と気
づいた。

帰国後、シスターが36歳という若さでノートルダム清心の学長になら
れた時、その若さゆえ風当たりも強く軽く扱われることもあり「私は
学長なのに向こうから挨拶もしてくれない」「学長らしく扱ってくれ
ない」と、「くれない」族になってしまった。

そこで与えられた言葉が「置かれたところで咲きなさい」という、あ
る神父様から教えていただいた英語の詩だった。

「こんなはずじゃなかった」と思うところでも神が植えられたところ
には、ここでしか得られないもの、私でしか咲かせられない花がある。

神様が置かれたところが間違いではなかったとわかる。

それでもどうしても咲けないときは下へ根をのばそう、次により大き
な花が咲くように・・。

「あなたしか作れない美しさ」

”どろかぶら”の劇よりーー1、いつもニッコリ笑うこと
            2、人の身になって思うこと
            3、自分の顔を恥じないこと

自分に愛想をつかさない。

顔の造作は変わらない。整形は一代かぎりですよ(笑)

私は私のままで私なんだ。「OOさんより〜〜だ」と比較しない。

劣等感はある意味「自分はもっとOOなはず」という傲慢の裏返し。

24時間いつも自分は自分と一緒である。その自分と機嫌よく暮らす
ことが出来なかったらどうして他人と機嫌よく暮らせますか?

あたりまえのことを感謝すること。いいことを見つけること。

不機嫌は測定できないダイオキシン。立派な環境破壊である。

愛の反対は憎しみではなく無関心。

炊き出しひとつにしても、食べ物を配るだけならロボットと同じ。
doing ではなく being を与える。
      ↓
*相手の目をみてほほえみかける
*手に触れぬくもりを伝える
*言葉がけをする「明日もいらっしゃいね」「元気でね」


神様は、力に余る試練は与えない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


以上のようなお話を、80を過ぎた小柄なシスターが壇上で立ったま
まで!約1時間半、おだやかな美しいお声で一人一人に語りかけるよ
うに話してくださいました。

一緒に行った友人は「今日一日はやさしくなれそう〜〜」と言ってお
りましたが、頭でわかっていることと実践できるかということは、た
しかに別物ですねえ・・・。

凡人には、「わかっちゃいるんだけど・・・」の世界です・・。

それでも、知らないよりは知っていた方が人生の指針になりますし、
本当に辛いときに自分の心が向く方向を示してくれるような気がしま
す。

特に耳に痛かったのが「時間の使い方はいのちの使い方」という言葉。

ヒマさえあれば、ロッキーを抱っこしてソファでコロコロ、ダラダラ、
するのが至上の喜びの私。そのとき私は愛と祈りどころか、ほんとに
まったく何ひとつ考えておりません・・・。

「You are wasting time」そのものですね。

花を咲かす前に枯れてしまっています・・。


最後にネットで見つけたひとつの詩をご紹介します。

多分この詩がシスターが言われた「置かれたところで咲きなさい」の
もとになった詩かなあ・・?
違うかもしれませんが、とってもいい詩だと思いましたので・・・。



《神が置いてくださったところ》

神が置いてくださったところで咲きなさい。
 仕方ないとあきらめてではなく、「咲く」のです。
「咲く」ということは、
  自分がしあわせに生き、
  他人もしあわせにすることです。
「咲く」ということは、
 周囲の人々に、あなたの笑顔が
 私はしあわせなのだということを、
 示して生きることなのです。

 神がここに置いてくださった。

 それは素晴らしいことであり、
 ありがたいことだと、
 あなたのすべてが、語っていることなのです。
 置かれているところで精一杯咲くと、
 それがいつしか花を美しくするのです。

  神が置いてくださったところで咲きなさい。
             (ラインホルド・ニーバー)









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#827 No title
Sophie

こういう話大好きです。

今の私に必要な、心に響く内容でした。

自分が学んだことをこういう風にシェアして下さると読んだ人は学びになります。

ありがとうございます。

Max
#828 マックスさま、
そう言っていただけると嬉しいです。
大学の講義のときのように?!まじめにノートをとった甲斐がありました。

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