スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011・10・26 ライアンの結婚

ますます小さな字が見えづらくなり、韓流ドラマ「太陽をのみ込め」
を「大腸をのみ込め」と読んでしまったSophieです。(どんなドラ
マやねん!)

我が家は、息子が大学で上京して以来、空いた部屋を利用して日本語
学校、大学、日米協会、その他いろいろな関係から頼まれたときにホ
ームステイの受け入れをしているのですが、今までに16歳から65
歳まで、10カ国以上の方々がうちに数週間単位でステイしていかれ
ました。

その時だけのご縁の方もありますが、中にはあちらの国を訪ねて逆に
ホームステイさせてもらってお世話になった方々や、絶えずメールで
近況報告をくださる方もいます。

人間関係って、曰く言いがたい「相性」みたいなものがあると思うの
ですが、そういう方々とはお互いなにかご縁をつないでいきたいとい
う、英語で言う”chemistry”があるのだろうなあと思います。

ライアンもそういう人のひとりです。

ドラゴンボールZにあこがれて日本語に興味を持ち、高校で日本語を
習っていたため、来日前からかなりのレベルではあったようですが、
こちらで日本語学校に入ってからはますます磨きをかけていき、人な
つこい性格も幸いして日本人の友達も沢山出来て、ほんとに上手な日
本語を話すようになりました。(博多弁まで上手くなりました)

私はステイしていった方たちのゲストブックを作っているのですが、
それを見るとライアンが初めてうちに来たのは2007年の5月。
当時24、5歳だったでしょうか。

空港から直接、初めて我が家に来たライアンは、なんとおまわりさん
と一緒でした!

地下鉄の駅を降りたはいいけれど、うちを見つけられずに結局近くの
派出所で尋ねたところ、警察の方がわざわざ連れてきてくれた、とい
うのです。

これも人なつこさのなせるわざ?!

日本大好き、福岡大好きになったライアンは、いったん帰国して働い
てお金を貯めてはまたやって来てしばらく滞在するーーーということ
を繰り返しておりました。

街を歩いていて、テレビに声をかけられインタビューされたことがき
っかけでローカル番組にも何回か出演?!したこともあります。

主人は「ライアンって”ER”に出て来るカーターに似てない?」と言
うのでけっこうイケメンの部類かも。

そのライアンが今月8日、故郷のサンディエゴで日本人の女の子アイ
ちゃんと結婚式を挙げ、23日の日曜日には福岡で結婚Partyがあっ
たので私も出席してきました。
  ↓
DSC00805_convert_20111024114321.jpg

振り返って思えば、2人の最初の出会いを作ったのはこの私なのです。

2007年にドゥロス号という国際親善と文化交流を目的に世界各国を
回っている世界最古の現役船(船上書店が有名)が博多に入港した時、
ライアンを誘って見学に行ったら、その船上で自作の絵を展示してい
たのがアイちゃんでした。

実はアイちゃんも、飯塚に住んでいた時分の知り合いのお嬢さんだっ
たので「あら~、アイちゃん!」と思わぬ再会に驚き、そこでライア
ンを「いまうちにホームステイしてるの」と紹介したのでした。

ライアンもイラストや漫画を描くアーティストだったので、お互い趣
味や話も合い、自然に魅かれていったのだと思います。

アイちゃんが描いたウェルカムボード
  ↓
ライアンwedding party

ライアンの作品はこちらから
   ↓
http://ryan-a.com/

アイちゃんの作品はこちらから
   ↓
http://aiuenogallery.blogspot.com/

結婚にいたるまでは紆余曲折ありながらーーだったようですが、こう
して若い2人の幸せな様子を見ていると、最初の小さなキューピッド
役が出来たことにとても嬉しくなる私なのでした。

アイちゃんのウエディングドレスは、アンティークドレスをリメイク
して自分でちくちく縫った手作りだそうです
   ↓
DSC00824_convert_20111024114402.jpg


もしライアンがドゥロス号に行かなかったら、アイちゃんと出逢えて
なかったかもしれないーーと思ったら、なぜかふと、昔観た"Sliding
Doors"
という映画を思い出しました。

主人公の女性(グィネス・パルトロー)が、地下鉄のドアが閉まって
乗り損なった場合と、開いて乗れた場合とで運命や恋の行方がどう変
わっていくかーー2つの場合が並行して進んでいくユニークでなかな
か面白い物語でした。

もし家を出るのが5分遅かったら、もしあの角を曲がらなかったら、
もしあの日あの場所を訪れなかったら、もしあの時あの決断をしてい
なかったら・・・だからこそ出逢えた人もあり、またそのために出逢
えなかった人も沢山あるのだろうな。

私達はふたつの人生を同時に送ることはできないからそれは永遠にわ
からないのだけれど。

運命はほんのひとつの曲がり角の差、ドアが閉まるか閉まらないかの
差かもしれないと思うとき、やはりなにか"chemistry"を超えた神の
采配
とでも呼ぶべきものを感じざるをえません。

それにつけてもいま毎日思うのは、年頃になった娘のこと。

「どこかに赤い糸で結ばれた運命の人がいるのでしょうが、どうぞ神
様、最善の時に最善のかたちで巡り会わせてくださいますように」
ーーと父の「仏壇」の前で手を合わせて祈るこのごろの私であります。



スポンサーサイト

2011・10・19 いとしのコン様

先週から、芸術の秋、食欲の秋、を堪能しているSophieです。

金曜日は近藤嘉宏&青柳晋のピアノリサイタル「ザ・リスト!」へ。
  ↓
コンサートちらし

第1部は2人がそれぞれソロでリストを弾き、圧巻は第2部の、リス
トが編曲した2台のピアノで弾くベートーヴェン「交響曲第9番」。

超絶技巧練習曲なんかを作る人ですからリストの曲ってほんとにチョ
ーゼツ!!

2台のピアノの”チョーゼツ”なコンビネーションで見事にあの「第九」
全4楽章が再現され、その迫力に鳥肌がたちました。

近藤嘉宏さんはピアノ界の貴公子とも呼ばれる上品でハンサムな方で、
桐朋を主席で卒業されドイツに留学されたあと外国でしばらく活動し
ていた、技術も表現力も兼ね備えた実力派。
   ↓
近藤嘉宏


実は私は以前(カレが30代前半かなかばの頃だったでしょうか)
あまりに彼にときめき過ぎて、胸がいっぱいで食欲がなくなり、ダイ
エットに成功したという過去を持っております。(*⌒∇⌒*)テヘ

当時、かなりお腹もペッチャンコになり、9号スカートの試着をした
際、「うーん、ちょっと“大きい”みたい」という、一度言ってみたか
った念願の”夢のセリフ”を言うことが出来たという輝かしい?!瞬間
もあったっけ・・・・(ー_ーゞ 、、、(遠い目)。

そうそう、「あなたの夢を叶えます」というなにかの懸賞で、「近藤
嘉宏とお台場の高級ホテルでdinnerをし、そのあと私のためだけに
ピアノを弾いてもらいたい」
なんて大真面目に書いて応募したことも
ありました。(もちろん当選しませんでしたが・・)

CDは全部買い込み、一日中それを聴きながら家事をし、近くで演奏
会が開かれるたびに足しげく通いプチ追っかけをしていたものでした
が、日々の忙しさと現実にいつしか夢はうすれていき、今度のコンサ
ートはほんとに数年ぶりの、あこがれの人とのひとときでありました。

ドキドキしながら開演を待ち、ついに舞台に出てこられた時は、心の
中で「きゃあ~~~っ、コン様!」と黄色い声援をあげたのですが、
あ、あれ・・・?!コン様、ちょっとトシとられた?

30代の時の青年の”張り”がなくなったような・・・。(自分のこと
を棚に上げてまったくよく言うよ、ですが)

でもそのぶん渋みが増したというか無駄な力が抜けて演奏にも深みが
増したというか・・・やっぱり素敵な方でありました。

考えてみたらコン様も43歳位になられるのですねー。

青年というよりオジサマの年代に入ったのでしょうが、あいかわらず
細いし、離れていた年月の間、私のこの衰えぶり膨張ぶりに比べたら
・・・いや~、恥ずかしくてとても再会できないわ・・・(直に会え
たこともないくせにすっかり妄想モード)

土曜日は英語関係のお友達Mさんが毎年出演されるマンドリングルー
プのコンサートへ。

このグループはプロではないのですがとてもレベルの高い演奏をされ
るので毎回楽しみです。

一緒に行った通訳ガイドのFukkoさんは学生時代ご本人もマンドリン
をされてたそうで、「マンドリンって、真珠をころがすような音色っ
て言われているんですよ」と久しぶりにマンドリン聴いたと喜んでい
らっしゃいました。

たまに行くと、やっぱりナマの音楽会はいいなあ~~と思います。

月曜日には、時々うちでやっているアッセンデルフトペインティング
のクラスの皆様と、お料理上手の友人エイコさんの糸島のお宅に伺っ
て美味しいランチをこれでもかというほどいただいてきました。
   ↓
平尾さん宅

(エイコさん、この前糸島で催されたイベントの一環で、養老孟司氏、
名越康文氏始め50人のゲストが来られたパーティをこのご自宅で
やられてお料理も全部自分で作ってもてなされたそうです!超人的!)

メインはパエリアと
平尾さん宅
鹿児島黒豚のグリル
平尾さん宅

デザートはトライフル
平尾さん宅

前夜にチャチャッと作ったというクリスマス用のクッキーのおうち
平尾さん宅


音楽会のあと、「またコン様に恋心が再燃し、胸がいっぱいになって
ダイエット成功!という具合にいかないかしらん」などと思っていた
のですが、なんでも美味しい食欲の秋に、このふたつは”チョーゼツ”
な矛盾となり難しそうです・・・。



2011・10・12 愚痴とオンナゴコロ

体育の日を含むこの連休は、各地で体力測定のイベントも行われてい
たようですが、年々自分の体力低下を憂えているSophieです。

先週末は、マイミクさんが出場するYOSAKOIまつりや、市内のデパー
トで開催された草月展に行ったりしていたのですがそれはまたブログ
のmy lifeカテゴリに書くことにしてーーー。

マックスも書かれていたように、先週はSteve Jobs氏が亡くなった
ということがけっこう私の中でも大きなニュースでした。

私は主人のマックを使わせてもらっているユーザーというだけで、
iPhoneもiPadも持っていないし、Steve Jobsがそんなにすごい人だ
とは最近まで知らなかった、コンピューターのド素人です。

初めて彼の名前を覚えたのは、通訳の先生にすすめられて見た、あの
有名な、スタンフォードでのcommencement speechのYou Tube
でした。

その中に、”毎朝必ず鏡の前で歯を磨きながら「もし、今日が自分の
人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思う
だろうか?」
という質問を自分にしている。そして数日「ノー」が続
いたら、変化を選択する。”ーーという箇所があります。

ガンを宣告されてはいなくとも、この世でひとつ「完全に100%確実
なこと」は「人間は必ず死ぬ」ということなのですから、今元気であ
ったとしても、死を意識し自分の心の声にしっかり耳を傾けて聞こう
としたら、この質問は、自然と自分のやるべきこと、今大事にしなけ
ればならないことが見えてくる「究極の質問」なのだろうなあと思い
ます。

最近、派遣の秘書仕事のことでずーっと主人に愚痴っていた私なの
ですが、昨日食事の時についに堪忍袋の緒が切れたのか?!主人に
「じゃあ、やめれば?僕も外でいろいろ気に入らないことはあるけれ
ど、家でそれを言ったことはないよ。悔やみごとばかり聞かされるの
もこっちも気が滅入るし。楽しんでやってるならいいけど、そうじゃ
ないうえに、リスペクトもされないボランティアみたいなことしなく
てもいいだろう。派遣なんだからそんなに責任感感じることない。こ
の仕事やらなきゃ生活できないわけでもないし!」
と言われてしまいました。

うーん、たしかに・・・。

「今日が自分の人生最後の日だったら、この仕事をやりたいか?」と
自分に聞いたら、間違いなく「ノー」だもんなあ・・・。

別に私がしなくても、かわりはいくらでもいるだろうしなあ・・・。

でも、でもっ!

同時にその主人の言葉に「ムカリっ」とアタマにきたことも事実。

横から娘がボソッと
「女は、愚痴を聞いてもらうのがストレス発散なんだよ」
と口をはさんだのですが
そうっ!それそれ!そうなんだっ!

べつに解決法を教えてくれと言ったりアドバイスを求めたりしている
わけではなく、ただ聞いてくれて「そうだよね」「大変だね」「よく
頑張ってるよね」と言ってくれるだけでいいのだ。

理詰めのもっともなことを言われるとかえって腹がたつ。

なんなんでしょうねえ、この心理・・・?!

毎月楽しみに読んでいる「リセット」というフリーマガジンがあるの
ですが、それをプロデュースしているのが「全亭協」(全国亭主関白
協会)会長の天野周一という方。

協会の名前とは裏腹に、関白は天皇(妻)に次ぐナンバー2の座、妻
の笑顔が世界の平和を作るという理念のもと、日々、妻との紛争を平
和的に解決する技を磨き精進している団体で、到達度によって段位ま
で授けられているそうです。

愛の三原則ーー1、「ごめんなさい」と恐れずに言おう 2、「あり
がとう」をためらわずに言おう 3、「愛してる」を照れずに言おう
ーーを始め、様々な”お役立ち”三原則を作っていらっしゃるのですが、
その中に、「お返事三原則」「相槌三原則」というのがあります。

お返事三原則
1、うん
2、へえ~
3、わかった

相槌三原則
1、そうだね!
2、分かるよ!
3、その通り!

それに時々「ーーってか、まじ~~!」
と入れるといいそうなのですが、ほんと、けだし至言であります!!

「大体さ、パパって共感力がないのよねっ」

と娘相手にまた愚痴を言いながら、主人を「全亭協」に入れたいと心
から思った私でありました。

ただ、この三原則については、妻の話をまともに聞いている必要はな
く、ただテキトーなところでこれらの言葉をはさめばよい、とのこと
です・・・。

ちなみに、「全亭協」の段位はコチラをご覧ください
   ↓
http://www.zenteikyou.com/znintei.html



好きっ!!って叫べるもの

先週末、秋晴れの気持ちのいい土曜日、マイミクのかえるちゃんが
出場する「かすやYOSAKOIまつり」に行ってきました。

昨年、佐世保のYOSAKOIにも出かけていったのですがそのときは
じかにはお会いできなかったので、今回がナマかえるちゃんと初めて
のご対面でした。
  ↓
よさこいイベント

いつも日記に出てくるかえるちゃんの愛人ーーじゃない、愛犬、トイ
プーとポメの雑種「ラビたん」にも会えて、その愛嬌あるお顔と仕草
がカワイカッタ!

かえるちゃんは正義感にあふれ、威勢がよく、涙もろい、というのが
mixiを通して私が感じていたイメージでしたが、やっぱりナマかえる
ちゃんもそんな感じ?!

グループの中では「姫」と呼ばれているそうです。

mixiでかえるちゃんとマイミクにならなければYOSAKOIというのも
知らないままだったと思います。

いや~~、実にいろんなグループがそれぞれの個性、カラーを生かし
ながらほんとに楽しそうに踊るのですね。

よさこいイベント

皆、「YOSAKOI好きっ!!」って全身で叫んでいるようでした。

ちっちゃい子供からけっこうなお年寄りまで、年齢層もすごく幅広い。

子供からお年寄りまでーーというと、そのあと行った阪急で催されて
いた「草月展」もそう。

以前、うちにアッセンデルフトペインティングのお稽古に来られてい
たAさんが出品されていて、招待券を送ってくださったので久しぶり
にお目にかかりに行きました。
  ↓
阪急草月展

Aさんの作品。もう師範のお免状もお持ちです。
  ↓
阪急草月展

あの頃は独身で、お姉様と一緒に来てくださっていたのでしたが、今
はお子さん(男の子)も小学生だそうです。(ああ、また時の経つ早
さよ・・と思ってしまいました)

その男の子も、ママのお稽古について行くうちにお花にはまってしま
ったそうで、今回ジュニアの部で出品されていました。

小品ですが、子供らしい伸びやかな、これまた「お花好きっ!!」
いう声が聞こえてきそうな作品でした。

YOSAKOIとお花、一見全然関係ないフィールドではありますが、ど
ちらも、
「ああみんな、ほんとに自分のやってることが好きなんだなあ~」と
いうニコニコエネルギーを感じました。

自分はこんなに「好きっ!!」と叫べるようなものが今あるのだろう
か・・?とちょっと自問自答してしまいました・・。

帰りに、1階に展示してあった巨大なエルメスのケリーバッグの前で
娘と記念撮影。
(これ、中に入ることが出来て、しかもユラユラと動きます)
 ↓
エルメス


あ、そうだそうだ、
「エルメス、大好きっ!!」
って叫べるんですが、これはいくら叫んでもバッグ1個も買えません
・・・。



2011・10・5 芸術の秋に”永遠”をおもう

うちの庭(正確には母の庭)には、2本大きなキンモクセイがあるの
ですが、いま満開で、とってもいい香りを放っています。

秋らしい澄んだ空気の中で深呼吸することが多くなったSophieです。

毎月第2土曜日にレッスンをしている私達Jazzコーラスグループ「ラ
ビリンス」に、先月一人お友達が加わり、メンバーが5人となりまし
た。

ですから、5パートに分かれほんとなら「5重唱」になり歌にも厚み
と深みが出てくるはずなのですが、誰かが他のパートにつられ、誰か
が音をはずし・・で、結局せいぜい「3重唱」がいいとこです。

5人の意味ないし・・・・(ーーって、一番の元凶は高音につられる
アルトパートの私なのですが)

ともあれ、芸術の秋、音楽の秋、です。

先週末、Jazzピアニストの友人、内田由美子さんに誘っていただき、
久しぶりに彼女のライブに出かけて行きました。

内田さんはいろんな演奏者やボーカルの方達と組んでライブをされて
いますが、どんな人とやってもこれ以上ない、っていうくらいその人
の持ち味を最大限に引き出す伴奏をされます。

もちろん独奏者としても抜群のウマさで、彼女の演奏が私は大好き♪
なのです。

ライブに行くといつも思うことなのですが、ピアノに限らず、Jazzを
やる人って、どうしてあんなに自由自在に即興でアレンジが出来ちゃ
うんでしょうか?

音楽の素養のない、楽譜どおりにすら歌えない私にはほんとに不思議
です。

その日は、若手のコントラバスとドラム、ユミさんという「キッブの
良い姉御肌」という感じのボーカル、とのセッションでした。
(ユミさん、ちょっと木の実ナナに似てる)

DSC00737_convert_20111003232723.jpg

DSC00738_convert_20111003232758.jpg

声も迫力と伸びがあり、一緒に行ったトモコさんいわく「全然息継ぎ
をしてないみたい~!ふつうにしゃべるように歌うのね」

「私達とは大違いね」ーーーそりゃあちらはプロですから・・・。

私達の数少ない持ち歌の、"Autumn Leaves""Day by Day" も歌
われたのですが、アレンジが違うとまるで雰囲気の違う別の曲みたい
でした。

リクエストとして、1曲だけ日本語の歌を歌われました。
  ↓
MISIAの"Everything"


このなかに、

「どのくらいの時間を”永遠”とよべるだろう
はてしなく遠い未来なら
あなたとゆきたい
あなたとのぞいてみたい その日を」

という歌詞があります。

月曜日のヨシキくんの英語クラスで、彼の教科書に「火星を地球のよ
うな人が住める惑星にtransformして、colonyを作るprojectがある」
という話がありました。

火星の環境は地球に最も近いそうなのですが、それでも、大気中の二
酸化炭素は95%、赤道の気温は15度から最低-100度にまでなり、
大気圧は非常に低く(地球の標高35km高さ!ぐらい)、太陽から
の放射線の危険にもさらされるそうです。

火星を地球のような惑星に転換するプロジェクトは「テラフォーミン
グ」
と呼ばれていますが、どのようにするのかというと、

火星の南極にある広大なdry iceのareaをわざと”温室効果”を作り出
すことによって気温を上げる(PFC-- perfluorocarbonsというのを
使うらしい)と
  ↓
ドライアイスは溶け二酸化炭素が大気中に放出され、それが”温室効
果”ガスとして機能しますます大気の温度は上がる
  ↓
地中に凍結して閉じ込められていたかつての”海”が、温度が上昇する
につれて溶け、水が火星の表面を覆う
  ↓
水は蒸発し雲を形成し、雲は雨を降らせる
  ↓
雨は火星を覆っている大気中の赤いdustを洗い流し、空の色はピンク
からブルーに変わる
  ↓
プランクトンを放流し、森林を作ることによって、人間や生物が必要
とする酸素をつくりだすことが出来る

ーーというものだそうです。

まったく壮大な計画で、温度が上がり水が溶け出すまでに数百年かか
るらしいのですが、私にはそれだけでも十分「永遠」に値する時間で
す。

なぜ、火星にcolonyを作らなければならないかというと、スティーブ
ン・ホーキング博士によると、「人類はこのままだと地球温暖化のた
めに3000年までに死に絶える」
から、唯一生き残る方策が火星に脱
出することなのですって。

そこで私、どこでどう何を考えたのか、

私「え~~、じゃあヨシキ君、長生きしたら、人類滅亡を目の当たり
にするのかもしれないのね!」

ヨ「・・・??」(怪訝そうな顔をする)

あ・・・・・・・・( ̄∇ ̄;)

なんか私、100-11=89年後、って計算を一瞬していたようです・・。

89年後ってまだ2100年だし。3000年にはまだ900年あるし。

ヨ「や~、僕、どこまで不死身で生きるのかと思いました」

自分は数学がパ~である、ということは十分自覚していましたが、算
数までこれほどパ~であったとは・・・。

ま、とにかく3000年というのは、間違いなく私にとっては(計算も
出来ないほど)「永遠」の時間であります・・・・。


3000年、人類はさてどうなっているのでしょうね???




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。