スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010・11・24 大刀洗にゆく その2

Sophieです。

さて、先週の続きはお昼ご飯から。
  ↓
お弁当


その日役場前広場でやっていた「大刀洗町ドリームまつり」会場の
庁舎内で、「がめ煮会」の皆様による心のこもった手作りのお弁当を
いただきました。

「がめ煮」とは、博多の方言「がめくり込む」(寄せ集める、などの
意)が名前の由来とされる、鶏肉と根菜を甘辛く煮込んだ福岡の郷土
料理です。

「がめ煮」のお話と作り方はこちらから
   ↓
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/topics/20100822/20100822_0001.shtml

意外だったのが、大刀洗は馬肉の生産量がけっこう多くて、ここの人
たちはよくハレの日に馬肉の大皿盛りを食べるそうです。

また、甘くておいしい人参も作っていて、それを原料にした焼酎を製
造している「研醸」という会社の焼酎工場見学にも行きました。

小さな工場でしたが、社長さん以下総出で迎えてくださり、各持ち場
の責任者の方がくわしく工程を説明してくださり、ここでもまたあっ
たかい家族的な雰囲気を感じたのでした。

もちろん芋、米、など他の原料の焼酎も種類多くあり、お決まりの試
飲もアリ。

あれこれ飲み比べたのは言うまでもありません。

しかも、おみやげに焼酎のミニボトルを4本もいただきました!

ほんとにおいしかったです、ありがとうございました!( ^ o ^ )/

そしてバスは今村カソリック教会へーー。
田んぼの中の今村教会


田んぼの真ん中にこんな美しい教会が・・・と初めて訪れた人はみな
ビックリするそうです。(ノ゚ο゚)ノ オオォォ~~~

教会へのアプローチ
  ↓
今村教会アプローチ

2つの塔を持つロマネスク洋式の赤煉瓦造りの壮麗な建物です。
今村教会

今村教会


設計施工は教会建築の第一人者、鉄川与助で、この教会の建築をモデ
ルにして戦災前の浦上天主堂は作られたと伝えられているそうです。

ここに信徒が生まれた起源は1550年代、キリシタン大名大友宗麟
と関係があるらしいのですが、キリスト教禁止の長い厳しい迫害の時
代にも屈せず、隠れて信仰を守り通し、1867年(慶応3年)に
長崎浦上の信徒により「発見」されたということです。

そんな迫害にもめげず、殉教もいとわず、すごい・・・・。

人間は自分にないもの、自分に出来ないことをするひとを無条件に尊
敬するものだと思いますが、私のなかでは「殉教者」はその最たるも
のです。

痛みに滅法弱い私がもし当時のキリシタンだったら、鞭見せられただ
けで「あ、やめます、やめます!」って言いそう・・・。

本田保神父の時代に計画された教会建築は、諸外国特にドイツからの
浄財や、熱心な信徒たちの労働奉仕と努力により、多くの困難を乗り
こえて大正2年に完成し、「奇跡の教会」と呼ばれているのだーー
と以前イエズス会のある神父様が教えてくださいました。

実に細かいところまで意匠を凝らしてあり、ステンドグラスとキリス
ト受難の14枚の聖絵はフランス製、柱は高良山の杉、レンガは特注、
美しいこうもり天井はリブ・ヴォールト天井形式というそうでこの種
の教会堂は日本に3つしかないそうです。

中にはいると、ステンドグラスを通して入ってくる光のやわらかく美
しいことにまた驚きます。

その光につつまれると自然と心も清められていくような感じがしてき
ました。
今村教会聖堂

今村教会祭壇


思わぬ新しい発見がたくさんあった大刀洗の一日バスツアー、帰りの
車中でも玉レタス、サニーレタス、カツオ菜の苗、手作りの芋ようか
んにかりんとうなどのおみやげが配られ、本当に最後まで心がほっこ
りするおもてなしをしていただきました。

来年の今頃もまた企画されるかもしれないとのことでしたので、その
ときにはぜひ皆様も参加されることをおすすめいたします!


今村教会



スポンサーサイト

2010・11・17 大刀洗にゆく その1

先週に続いてまたバスツァーに行ってきたSophieです。

今回は観光地としてはメジャーではない”大刀洗”というところです。

ローカル紙の記事で見つけたツアーで、前から行きたかった今村カソ
リック教会が行程に入っていたので、母と妹、それに妹の義姉(つま
り妹の夫のお姉さん)のY子さんを誘って今回は4人で出かけました。

(血のつながりはないのですが、このY子さんと私達姉妹は仲良しで、
まわりからは「3姉妹」と呼ばれています。)

大刀洗公園

大刀洗は三井郡という、福岡から高速にのれば30分ほどで行けるわ
りと近いところにあります。日本三大合戦のひとつ筑後川の戦い(大
保原合戦)で勝利した菊地武光が刀についた血糊を洗ったところーー
というのが地名の由来だそうです。

大刀洗公園にある菊地武光像
     ↓
菊地武光


あまり知られていませんが、ここは大正8年に陸軍の飛行場が作られ
陸軍飛行学校、航空機製作所などもあった東洋一と誇った航空戦略の
一大拠点で、特攻隊で有名な知覧は、ここの分校だったそうです。

町のあちこちに、広大な敷地だった当時の飛行場の門のあと、壕のあ
と、道路や農道になっているまっすぐにのびた滑走路跡、などが見ら
れました。

知覧では面会が許されなかったので、特攻隊として知覧に赴く前、家
族が面会を許されたのはここ大刀洗が最後で、全国から面会に訪れた
家族のための宿場も数多くあったそうです。

平和記念館に展示されている零戦
ゼロ戦

操縦席がこんなに小さな狭いものだとは・・
零戦操縦席


平和記念館に展示されていた、特攻隊員が最後に家族に宛てた手紙や
遺書はやはり涙なしには読めません。

この「子犬を抱く特攻兵」は多くの書籍やポスターにも使われた有名
な写真だそうですが、この5人の若者は沖縄南方で敵艦船に突入して
散華(戦死をさしていう言葉)。
  ↓
荒木伍長


子犬を抱く荒木伍長は17歳でした。

館内の写真は10代の若者が多く、まだ幼さも残るような笑顔を見る
と、特に同じ年頃の息子3人を持ちそれぞれにいろいろと悩み多き妹
は胸迫るものがあったらしく、

「なんか生きて行くってきついなあ、と思うこともあるけれど、覚悟
のうえで零戦に乗って散った短い命を思うと、苦しみもひっくるめて
生なんだ、生きてるからこそ味わえるんだな、と思う」

と、子供達とともに何があっても受けていく!という覚悟みたいなも
のが出来たようでした。

大刀洗航空基地は、昭和20年(1945年)3月の米軍B29の空
襲(1000発以上の爆弾が落とされた)により数多くの命とともに
その姿を消してしまいました。

犠牲者の中には、集団下校中の多くの子供達も含まれていたそうです。

その空襲時に日本機の体当たりで墜落したB29の乗組員の写真も、
日本人犠牲者と一緒に「語りの部屋」の壁に同じようにかかげてあ
りました。

B29の犠牲者の遺族はほとんどわかってないそうですが、ひとりパ
スクァーリさんという方の姪ごさんが大刀洗を訪れた、という新聞記
事を見つけました。
   ↓
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/101102/trd1011022008015-n1.htm

日本人とアメリカ人、当時は敵同士であったでしょうが、どちらにも
愛する家族がいて、戦争がなければいかようにも開けていただろう未
来を断たれた無念は一緒だと思うとせつなくてたまりません。

先週から我が家にホームステイしているアメリカ人のケイトさん、話
しているうちに多彩な顔を持つ方だとわかりました。

その中のひとつの顔が平和活動家で、Never Again Campaign (NAC)
のサポーターでもあり、今年3月に来日したときは広島の平和資料館
を訪れNo Moreの思いを新たにしたそうです。

今週木曜日には福岡でもNACの会でスピーチをなさるそうですので
またその模様もお伝えできたらいいなあと思っています。

こうして大刀洗を訪れた時期に、ケイトさんのような、平和のために
尽力している方と出逢ったのも不思議なご縁だなあと感じています。

さて、実はこのツアー、人口減少をくいとめるため、大刀洗の宣伝を
するPR活動として大刀洗役場とJAがタイアップして初めて企画し
たものなので、ツアー代金が安いわりに盛りだくさんの内容にお土産
までついて、体も心も好奇心も大満足!のツアーでした。

大刀洗が「いなか」と言っても五家荘に行ったあとでは「平行移動」
で30~40分で行けるなんて、私にとっては全然「いなか」のうち
には入りません。

宅地分譲のチラシまで入っておりましたが、空気はおいしいしのどか
だし、添乗をしてくださった役場と農協の方達もとても仲が良く家族
的でいい雰囲気だし、アンケートの最後の「大刀洗に住んでもいいと
思いますか」の項目には思わず「ハイ」と答えてしまった私です。
ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

では、長くなりましたので続きはまた来週----Continued next week 




平和記念館の外観は、太刀洗飛行場に建てられていた
民間航空格納庫をモチーフに設計されています。
     ↓
平和記念館


2010・11・10 五家荘にゆく


先週の文化の日、母と熊本の五家荘に出かけたSophieです。
五家荘

五家荘紅葉


父が亡くなって5カ月近くたち、母も旅行をしてみようという前向き
な気持ちになったようで、よかったなと思います。

五家荘は、平家落人の伝説が残る九州中央山地の奥深い山間に点在す
る集落で、九州の秘境と言われているところです。

車も離合できないような幅の狭い道が続くので自分で運転していかな
いほうがいいよ、とのアドバイスに従って、バスツアーに入ることに
しました。

バスも、大型バスは通れないのでマイクロバス級の小型バスです。

クマさんみたいな添乗員の男性がひとり同行して、ひととおりガイド
もしてくれました。

「追っ手からのがれて平家が隠れ住み、自給自足をしていたという土
地ですから人目につかない誰も入ってこないようなところだったわけ
です。どんなに辺鄙なところか想像がつくでしょう?」

ーーとの言葉どおり、これでもかというくらい山奥に分け入って、ほ
んとに車一台がやっと通れるような細い道を上っていきました。

20年前ぐらいまでは電気もきてなかったそうですが、観光地化した
現在は細いといえど道は全部舗装はしてあるし、どんな山奥にもCoca
Colaの自動販売機はあるし(補充が大変だろうな~とは思いましたが)
きっとずいぶん様変わりしたのだと思います。

それでも私の中の「いなか」の概念が変わるほど「いなか」で、どん
なところでも少なくとも平地であるかぎり便利さにおいては「いなか」
とは言えないのではないだろうかーーなどと思ったのでした。

クマさんによると、一度ツアー中に倒れたお客様がいて、救急車を呼
んだら到着に1時間以上かかったそうです。

うーん、命にもかかわりますね・・。

そういうことを翌日行った整体の先生に話したら、「僕のふるさとは
もっといなかですよ」。

彼の実家は三重県の山奥で、とある秘境の温泉地のただひとつの民宿
をしていらっしゃるそうですが、家の前まで車では行けず、下の少し
開けたところに車を置いて、手作り?!の細い階段を登ってやっと辿
り着くのだそうです。

「照明はいまだに裸電球。夜は川のかすかなせせらぎ以外、”音”とい
うものがしない。そんなところだけどとにかく、自然の美しさだけは
素晴らしい!」

「わー、先生、水洗トイレがあるならそこ、行ってみたいです!!」

私は自称「都会育ち」で、「水洗トイレのないところには旅行に行け
ない!」と常々言っているのですが、こんな私でも、子どものころは
今の都会の子どもたちとは比較にならないほどまわりに自然が残って
いたような気がします。

近くの池にはおたまじゃくしが泳ぎ、カエルになっていく様子を毎日
観察できたり、シロツメクサでおおわれた空き地で冠や首飾りを作っ
たり、笹の葉で舟をつくり川に浮かべたり、ピーピー豆をならしたり、
蝶をとったり、赤とんぼの大群を追いかけたり、裏の山に洞窟探検に
出かけたり・・・。

大体このごろは町なかに、ドラえもんに出てくるような「空き地」と
いうものが見当たりません。

「都会っ子」たちが自然と触れ合う機会というのは意図してそうしな
いかぎり、すごく減っていってるのでしょうね。

自然に触れると心が豊かになるーーと短絡的に結論づけるつもりはあ
りませんがでもやはり、自然とともにあってこそ人間としてとても大
事な根幹が育つような気がして、「ゲームだけで育って大丈夫なのか
なあ・・」と平成っ子を危惧する昭和世代でありました。

ーーが、しかし。

ヘンなのは世代とは関係ないようで・・・。

ツアーの中に50代とおぼしきオバサマがいて、この方、集合時間に
は遅れてくるわ(団体旅行ではこれがもっとも迷惑)、そのうえ自分
が遅れたのに「集合時間の伝え方が悪い!」とクマさんに逆ギレし、
梅の木轟という滝があるところの吊り橋では、「肝心の滝を見に行く
時間がこれじゃ足りない!行程の組み方が間違ってる!」と文句を言
い、クマさん、お客様に言い返すわけにもいかず、閉口していました。

このオバサマ、最初から最後まで文句を言ってらして、ちっとも楽し
そうではありませんでしたが、自分の好きなように回って好きなよう
に時間を組みたいのだったら、団体ツアーには入るべきではありませ
んね。

(彼は添乗員なのだから、時間どおりにツアーをはこぶ責任があり、
勝手に行程を変えるわけにはいかないでしょうし・・。)

いたく同情した私の母、「あなたもタイヘンねえ」と陰で彼をねぎら
っておりました。

バスツアー自体は母もとても楽しんだようで、「今度は天草に行って
みましょう」と張り切っています。

まだまだ、行ってないところはたくさんありますから、元気で一緒に
まいりましょう、お母さん♪(ーーーと親孝行を装いながら、ちゃっ
かりツアー代金を出してもらってるパラサイト娘の私です)(> <)




「五木の子守唄」のふるさと五木村の・・
 ↓
五木村
子守茶屋特製、期間限定の栗まんじゅうは超おいしい!
 ↓
栗まんじゅう

樅木吊り橋(上下2つの親子橋となっています)
 ↓
樅の木吊り橋景色

下のしゃくなげ橋より、上のあやとり橋をのぞむ
 ↓
樅の木吊り橋

山の幸づくしのお昼。大変美味しゅうございました♪
奥の鍋にはいのししの肉も入ってました。
 ↓
山荘のお料理

お昼を食べた樅の木山荘をバックに
 ↓
山荘をバックに
そこで飼われていたワンコ。ワンコはついつい撮ってしまいます。
  ↓
山荘の犬

平家の栄華をしのぶ資料館などがある平家の里
  ↓
平家の里
平家の里の紅葉
平家の里2

梅の木轟(とどろ)吊り橋
(この地方では滝のことを轟と言うそうです)
 ↓
梅の木吊り橋景色
橋長116m、高さ55m。
上下の補助ロープや支柱を使わないPC吊床版橋としては日本最長
だそうです。
梅の木吊り橋

2010・11・3 冷蔵庫がくる

先日、新しい冷蔵庫を買ったSophieです。

13年使っていたものが、製氷部分がこわれたのに続き、冷凍の引き
出しに異常に霜がついて開閉にも支障が出る始末。

ちょうど秋の新製品が出た頃だというので、エコポイントも今月まで
だし思い切って買い替えることにしました。

電気代も、新型は年4800円ということで、今使っているものに比
べて3分の1の値段です。

省エネ、すごい電化製品は日々進化していますね!

実際に配達されるのは来週の木曜日なのですが、それまでに現在の冷
蔵庫の中身を整理して出さなければなりません。

ーーーということで、庫内の整理を始めたら・・・・

出てくる、出てくる、「これ、何?いつの?」という得体の知れない
シロモノが・・・。

カピカピに乾いた八丁味噌やジャム、コストコで買ったものの持て余
してはや何年?!のピクルス、梅干しのようになった柚子、賞味期限
が2008年9月のドレッシング、なにやら真っ黒な液体の入った瓶
の中にはオリーブ・・・。

冷凍室にいたっては、奥の物の半分以上が10年間入れっぱなしじゃ
ないの?というような忘れ去られたものばかり。

いくら冷凍してたって、もう味も香りもないでしょ、この鰹節・・。

私の友達の義弟さんが、奥さんと離婚をしたときに、弁護士に言った
という離婚理由のひとつが「冷蔵庫の豆腐や肉や野菜を腐らせて、
自分の給料を無駄に浪費した」というものだったそうですが、そんな
こと言われたら、私なんかもう100回以上離婚されてる。lll(-_-;)lll

それなのに、「もうこれダメみたいだよ」とカビのはえた「ピザ用溶
けるチーズ」片手におっとりと言い、生ゴミに捨ててくれる寛大な我
が夫・・・スミマセン、アリガトウゴザイマス。 m(_ _)m

そんなダメ主婦の私が、ちょうどその日、NHKの「プロフェッショ
ナル 仕事の流儀」で米農家、石井稔さんの無農薬の有機米作りにか
けた苦労を見て、猛烈に反省しました。
   ↓
http://www.nhk.or.jp/professional/

いまや1kg1,500円で米が売れる「米作りの匠」と言われる石井
さんも、有機米という言葉がまだなじみのなかった時代、買い手もつ
かず、失敗に失敗をかさねた長い借金地獄の極貧時代があったそうで
す。

それでもあきらめず、様々な研究や試行錯誤を繰り返してただひたす
らに稲と向き合い続けた結果、自分の納得いくお米をつくることがで
きたーーというところで、「私は米作りしかできませんもんね」「苦
労の数だけ、人生は実る」
という石井さんの言葉に、もうひれふして
しまいました。

時々ごはんまで炊飯ジャーの中に入れたままでくさらせてしまうこと
のある私ーー「この罰当たりめが!」とおのれを叩きたくなります。

お米だけじゃない、野菜だって果物だって全ての食物がみんな、丹誠
込めて作ってくれた人の苦労があってこそ私達の手に入るんだ、心か
ら感謝していただかなければ・・とあらためて肝に銘じました。

今度の冷蔵庫は、炊きたてのごはんだって熱々のまま急速冷凍が出来
ておいしさそのままという「急速冷凍室」もあります!今度から決し
てお米を一粒たりとも無駄にはしません、石井さん!

新しい冷蔵庫が来たら、おおいに料理の意欲も高まると思うのですが、
いかんせん、最近会う人会う人から「太った?」と言われる相当やば
い私、そんなにご馳走を作って食べるわけにもいきません・・・・

ーーというところにグッドタイミング!

7日から我が家にホームステイをすることになったアメリカ人女性の
ケイトさん、なんとベジタリアンなんだそうです。(魚、卵、牛乳も
NO

彼女に付き合って、2週間、にわかベジタリアンになれば、少しは
痩せるかも?!

野菜室も乾燥を防ぎ新鮮さを長く保つそうですから、お野菜も決して
無駄にしないことを誓いますーーーー(って、単に冷蔵庫の問題じ
ゃないような気もしますが・・・・。)






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。