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メルマガ「英語リーディング筋トレ」最終号

このブログ「Sophieな日々」は、2009年9月より、縁あって編集
後記を書かせていただくことになった、まぐまぐのメールマガジン
「英語リーディング筋トレ」とリンクさせるために始めたものでした。

その発行人マックス石田が引退のため、7月20日で、「筋トレ」は
終わることになりました。

国際人をつくるため、マックスが子供のための教育事業をスタート。
そちらに専念することになったためです。

これが「英語リーディング筋トレ」の最終号となりますが、
せっかく始めたブログなので「Sopnieな日々」は、今後は個人ブログ
として続けていこうと思っています。

これからもどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m


  
記念に・・
最後のご挨拶のメルマガ特別号をコピペです
  ↓

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 ■■■   「英語リーディング筋トレ─これで英字新聞も怖くない!」
 ■       
 ■■■ 2012/7/20--第1,911号 【最終号】
 ■
 ■■■         

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

このメルマガ1911号が「英語リーディング筋トレ」の最終号となりま
す。

8年間メルマガをお読み下さり読者の皆さんには大変感謝しておりま
す。

学習法のファンの方、編集後記のファンの方、そして担当者に対する
ファンの方といろいろ読者の方も混在しております。

私、Kumiko、Sophieの順に皆様へ最後のメッセージを述べさせて頂き
ます。

=============================================================
      ■マックスよりの最後のメッセージ
=============================================================

マックス石田です。

これが私たちにとり最後のメルマガになります。8年3ヶ月ありがと
うございました。

多くの読者の方に支えられてこの長い年月発行し続けることができま
した。

英語の成績が上がったとEメールをもらうのが非常に嬉しかったです。

このメルマガを通して英語力の向上があり、生き方のヒントを多少な
りとも獲得して下さっていたらら幸いです。

これからも益々英語の勉強に励んで下さいね。

そして一度しかない人生を大切に生きて下さいね。

このメルマガは英語が苦手な人、英語初級者の人にどうやったら英字
新聞が読めるようになれるかにチャレンジしたものでした。

1日1センテンスという誰でも簡単にできることを、誰もがなかなか
できないほどに毎日続けていくメルマガでした。

人生もこれと同じですね。駄目な自分、嫌いな自分、嫌な生き方を少
しずつ少しずつ変えていく。

こんなことを続けていくと平均以下の、いや底辺の自分がだんだんと
普通の人に、いやそれ以上になっていくのです。

30代、40代で大成功をしている人を見ると羨ましい気がします。

でも少しずつ少しずつ自分のペースで変えていける人で良いと思いま
す。

私にとってはそうやって妻が55歳で変わってくれたことが嬉しいで
す。

「どうせ駄目」「どうせ無理」の妻が自分から横浜市の地区センター
に自分を講師にしてくれと売り込みに行ってから半年後に、講師にな
って下さいの通知が来ました。

そして、8ヶ月までの赤ちゃんとお母さんにベビーマッサージを教え
最近ではお母さんが赤ちゃんと五感を使って遊ぶセミナーまでやりま
した。

今年に入りもう11回もやっています。

そんな彼女を見ているとずっと自信がなく生きて来てやっとやっと自
分の魂を成長させてくれるものに出会った感じを受けます。

このとき初めて辛かった過去に意味があることがわかります。

その妻とこれから幼児教育をやっていきます。

私が赤裸々に私自身のこと、妻のこと、息子のことを書いて来たのは
誰でも変われることをお伝えしたかったからです。

そのためのヒントの一部になればよいなあと思い書いて来ました。

もし少しでもお役に立ったのであれば嬉しいです。

さて、Kumikoは2008年9月29日に加わってもらいました。

メルマガだけでなく、まぐまぐ大賞2008そして私の著書の英語担
当として大活躍してくれました。ありがとうございました。

彼女は美に対する感性に優れ、学ぶ努力が半端ではなく、文才です。

そして良い人たちとお付き合いをしているのを感じます。彼女の真面
目さ故でしょう。

ご結婚され安心しました。人生をエンジョイしていってもらいたいで
す。感謝しています。

そして、Sophieは2009年9月16日に参加してくれました。

いつも編集後記が漫画のようで笑わせてくれました。

自宅で英語を教えているのですが、子供の頃から大学生になるまで長
期に渡る生徒さんが多いのが彼女の人柄を表しています。

多くの外国人をホームステイさせ、多くの人と社交的に動きまわって
いるパワフルウーマンです。彼女もKumiko同様に文才です。

長い間ありがとうございました。感謝しています。

では、読者の皆様本当に最後のときが来ました。

それぞれの方が最高の人生を歩まれることを祈っております。

最後のメッセージです。

「行動すれば化学変化が起きる」

ありがとうございました。

Max

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      ■Kumikoよりの最後のメッセージ
=============================================================

Kumikoです。

今日で読者のみなさまとはお別れすることになりました。
最後のご挨拶です。

2008年10月から筋トレのメルマガに参加して以来4年弱の間、たくさ
んの方にメルマガを読んでいただきありがとうございました。

多々ミスがあったにもかかわらず、温かい声を寄せてくださった方々
をはじめ読者の皆様には本当に感謝しています。

先月、めでたく結婚し新しい生活を始めたタイミングでのメルマガ終
了。

Sophieが言っていた「Everything has its own time.」

まさにこれだな~と感じています。

ひとつの区切りを迎え、メルマガを発行するプレッシャー(というと
大げさですが)を終え、ホッとする気持ちとさみしい気持ちとの
mixed feelingsでいっぱいす。

でも今は、感慨にひたる余裕もなく、公私共に忙殺されています。

これまでメルマガを発行し、編集後記を通じて読者のみなさまと交流
できたことはとっても楽しい思い出です。

新しいメルマガはこれまで以上に有益なものになるはずです。

私も生涯英語学習者。

みなさまも細く長く英語学習を続けて、英語を話せることで広がる世
界をぜひ体感して下さいね。

1歩勇気を出して踏み出したときに得られる達成感って自分に自信を
与えてくれますものね。

私自身いつもいつもうまくいくわけではないですが、10回のtryの
うち、1回でも成功したらそれに救われてきました。

toolとして英語を使うみなさまの生活がhappyであることを願ってい
ます。

どうもありがとうございました。

たくさんの感謝を込めて

2012.7.20

Kumiko

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      ■Sophieよりの最後のメッセージ
=============================================================

Sophieです。

先日、私の最後の編集後記で「すべてのことには時がある」というこ
とを書かせていただきましたが、この筋トレもその「時」がきたのだ
と思います。

でもそれは「最後の時」ではなく、「転機の時」「変化の時」「飛躍
の時」となる、「希望の時」です。

マックスの作られたメルマガは、奥村美里さんという素晴らしい方に
委ねられ、さらに充実したものとなるに違いありませんし、マックス
は新しい事業に邁進されますます活躍の幅を広げるに違いありません。

思いがけぬご縁でマックスに声をかけてもらい、2009年から編集後記
を書くという貴重な体験をさせていただくことになって約3年ーーー

私の、好き勝手なあまり役にもたたない編集後記におつきあいいただ
いた筋トレ読者の皆様、本当にありがとうございました!

毎回感想のコメントをくださった方々、父の鉄道の本をもらってくだ
さった方々、励ましのお便りをいただいた方々、メルマガを通じてい
ろんな方とお知り合いになれました。その他お顔もお名前も存じ上げ
ないけれどインターネットの向こうのたくさんの方々に支えられて、
マックス、Kumikoと一緒に、楽しく編集後記を続けてこられました。

感謝の気持ちでいっぱいです。

planned happenstanceタイプの人間である私は、意図する変化も飛躍
も今のところないのですが、今月からある奉仕団体に加わることにな
ったり、大学同窓会支部の役員に誘われたりと、ちょうどいいタイミ
ングで次の場が与えられ、なにか少しでもまたお役にたつことができ
ればいいなあと思っているところです。


奥村さんのメルマガでますます皆様の英語力がのびて、それを使いこ
なしより良く楽しい人生を送られますように!

ーー心から願っています。

本当にありがとうございました!!


追伸1
メルマガをきっかけに始めたブログ「Sophieな日々」の方はこのまま
続けていくつもりですので、時々のぞいてくださりコメントいただけ
れば嬉しいです。

追伸2
福岡へもぜひ遊びにいらしてくださいね。ご案内いたしますよ!


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2012・7・16 Everything has its own time

Sophieです。

先日、試写会が当たって、「The Lady  アウンサンスーチー~ひき
裂かれた愛~」
という映画を観に行きました。

ミャンマーの民主化運動を率いているアウンサンスーチーの半生を民
主化活動家としてだけではなく、妻・母であるひとりの女性としての
側面からも描いた、とても感動的な映画です。
  ↓
http://www.theladymovie.jp/

主演のミシェル・ヨーが、支持者たちを前にしてのスーチーさんの初
めてのスピーチの場面を完璧なビルマ(ミャンマー)語で再現するの
ですが、この言葉は語彙も多く発音も複雑でとっても難しい言語なの
だそうです。

テレビのインタビューで、「このスピーチをマスターするのに半年か
かりました」とミシェル・ヨーが言っているのを聞き、彼女の完璧主
義の役者魂にビックリしました!

アウンサンスーチーがノーベル平和賞をとったのは「世界が注目する
ことがすなわち彼女の命を守ることになる」との思いから、夫でオッ
クスフォードの教授だったマイケル・アリスさんの陰の努力や働きか
けがあったこともこの映画で初めて知りました。

軍事独裁政権から自宅軟禁をくり返されたスーチーさんは、家族とも
引き裂かれ、1999年にガンのため53才で亡くなった夫の死に目にも会
えずお葬式にも出られませんでした。
(夫の入国はくりかえし拒否され、スーチーさんはいったん出国する
と2度とミャンマーに入国できなくなるため、イギリスに帰ることが
出来なかったのです)

遠く離れ自由を奪われた境遇で、夫が亡くなったことを聞いたときの
彼女の慟哭は観ている者も胸を抉られるようでした。

彼女が幸せに暮らしていたオックスフォードからミャンマーにやって
来たのは政治活動が目的などではなく、重い病気になった母親の看病
のためでした。

ちょうどそのとき民主化を求める反独裁の学生運動が高まっていて、
ビルマ独立の父アウンサン将軍の娘であったスーチーさんが皆に頼ら
れ担ぎだされることになったわけですが、その偶然は歴史の必然だっ
たのでしょうか・・?

映画の中で、夫のマイケルがスーチーさんに「すべてのことに時があ
る」と言う場面があります。

これは旧約聖書の中の言葉で、この箇所を私は学生時代住んでいた県
人寮で一緒だったミッションスクール出身のSさんから最初に教えて
もらいました。

伝道者の書(あるいはコヘレトの言葉・英語ではEcclesiastes)
3章1-8

何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時
保つ時、放つ時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。
(新共同訳)


彼女はちょっとふっくらとしていて、いつもニコニコと優しい、笑顔
があたたかい、学生時代から「お母さん」タイプのひとでした。

何のきっかけでこの箇所を教えてくれたのかは忘れてしまいましたが、
パッパラパ~だった私は「Sさんって、人生にとても真摯なひとなん
だなあ~・・・」と感心した記憶があります。

北九州に住む彼女とは会う機会も少なく、最近は年賀状のやりとりだ
けになっていたのですが先週、そのSさんが「亡くなった」という突
然の知らせが彼女の高校時代の同級生から届きました。

1年足らずの闘病だったそうですが、彼女が病気であったことも全然
知らなかったので、いまだに信じられない思いです。

年賀状でお互いに「今年は会いたいですね」と毎年挨拶のように書い
てきましたが、本当に、会えるときに会っておかねばもうその「時」
はないこともあるのだと思い知りました。

「天の下では、何事にも定まった時期(とき)があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある・・・・」

これが彼女の「時」だったのだろうか・・・?

そんなことを思っていたときだったので、映画の中で思いがけず再び
この箇所を聞くことになり、とても不思議な感じがしました。

Sさんだったらこう言うかな・・・?

「アウンサンスーチーのような歴史に名が残るような人間でもなく、
100年もたてば誰も覚えていないただの庶民の私達だけど、”その時”
がくるまでは一生懸命生きなきゃだよ~!」













2012・6・25 しゃべる白くまくん

雨続きの季節となりましたが、庭の紫陽花はいまを盛りと綺麗に咲い
ています。
紫陽花

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お元気ですか?

先日、娘が職場の飲み会の景品で当たったと、冷蔵庫に入れる「おし
ゃべりをする白クマ」を持って帰ってきました。

同じようなもので”Fridgeezoo”という牛乳パックのかたちをした白ク
マやペンギンやセイウチがしゃべるおもちゃがあるらしいですが、
うちのはこんなの。
  ↓
白くまくん

冷蔵庫を開けるたびに、いろいろと話しかけてきます。しかも「鹿児
島弁」で!

彼は、鹿児島の名物かき氷「しろくま」の、南国の白くま君なのです。

小学校時代を鹿児島で過ごし、「しろくま」が大好物の私が、鹿児島
弁をしゃべるマスコットに喜ぶまいことか!

おしゃべりをするロボット掃除機cocoroboが欲しいと思っていたの
ですが、あっちは高いのでしばらくはこの白くまくんで楽しめそうで
す。

白くまくん、冷蔵庫を開けるたびに、独特のアクセントでいろんなこ
とを話しかけてきてくれます。
(これらのセリフの鹿児島弁のアクセントをここに再現できないのが
非常にもどかしいのですが・・)

「おかえりー」

「おじゃったもんせ」

「調子はどうね?」

「あちぃど~」

「はらへったのね?」

「なんさがしちょっとね?」

「あいた!ひったまがった!」
 
「ごはん、いっげんすっか?」

「それうまそうやっどねー、そうそう、それ」

時には、

「風邪をひかんごせんとねー」

と気遣ってもくれます。

ちょっと長いセリフも言えますよ。

「南国出身なのに、さみとこ(寒い所)が好きっちゅう、この対照的
なボク」

「さわるとちめたいけどよ、心はあったけ~じゃっど」

たまに

「ここ、家賃・・いらないの?」

と気にしてくれたりもします。

私の一番のお気に入りの、言われてとってもウレシイセリフは、

「うゎ、会いたかった~!」と喜んでくれたあとに、

「あいかわらずよかおごじょやっどね~」と言ってくれる時。

(冷蔵庫の白くまに言われて嬉しいなんて、ある意味カナシイけど)

「こげんよかにせ、ひとりにして、さみしいがね」

と言われると、つい、「ごめん、ごめん」と返したりして・・・。

私は、子供時代を鹿児島で過ごしたので、鹿児島弁をもう自分でしゃ
べれはしないけれど聞いたら理解は出来ます。

でも、主人と娘はこの白くまくんのしゃべることが、ちっともわから
ないんですって。

(わからないセリフがありましたら、ブログへコメントくださいませ)

白くまくんの第一のミッションは、「省エネ」です。

冷蔵庫の扉を長く開けてると、

「ちゃんと閉めんねー!」

と注意してきます。それでも閉めないと、

「もうちょっとちゃんと閉めて!」

とダメ出しをしてきます。

が、私はそれがおもしろいうえに、白くまくんが今度は何をしゃべる
のかを聞きたくて、用もないのにしょっちゅう冷蔵庫を開けたり閉め
たりして喜んでいる有様・・・。

ちっともエコじゃないんです、ゴメンナサイ・・!m(_ _)m






2012・6・4 結婚がうまくいく秘訣?!

Sophieです。

先週土曜日は、「ひらまつ」であった、妹の嫁ぎ先の姪っ子さんの結
婚式に飛び入り参加でトーンチャイムの演奏をしてきました。

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新郎新婦が二人で作ったというウェルカムボード
  ↓
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まりこちゃん結婚式


曲目は「星に願いを」(When you wish upon a star)。

トーンチャイムグループリーダーのOさんがチャチャッと編曲をして、
たった1日の練習で仕上げたわりには、Oさんのお嬢さんのケイコち
ゃんのピアノ伴奏が素晴らしかったおかげで、全体としてとてもいい
出来だった♪と皆で満足いたしました。(自画自賛)

チャイムの音色も、清楚で美しい新婦にピッタリだったと思います。

結婚式って、ほんとにみんなを幸せな気持ちにしてくれますね。

新郎新婦はもちろん、出席している方々が皆とびっきりの笑顔で、
チャイムグループも幸せのおすそわけをいただくことができました。


その数日前は、寄せ植えレッスンでお世話になったBettyさんのお宅
に呼んでいただき、素敵なコンテナガーデンやお庭を拝見してきまし
た。

鉄の柱をたくみに配した独特のセンスあふれるお庭。
  ↓
松隈さん宅


この現代彫刻のようなスックと立っているシンプルな柱は、Bettyさ
んのこだわりがあるそうです。

「なにかここにツルものをからませればいいのに」と言う人もいる
そうなのですが、Bettyさんいわく、「主人も私も、”からみつく”と
か”まとわりつく”とかいう言葉がキライなの」。

私は、この言葉がとっても印象的でした。

まずひとりの成熟した大人として立っていること。自分の感性を大切
に他人にふりまわされないこと。

そのうえで、二人がお互いに「相手から何をしてもらおう」ではなく
て「私が相手のために何が出来るだろう」と相手のことをまず思いや
ることができたら、それが一番結婚生活がうまくいくコツなのかも。

Bettyさんが”講師”として初めてレッスンをされた時に、ご主人が「来
てくださった皆さんに御礼に」と美味しいシュークリームを差し入れ
してくださったのですが、妻を思いやるご主人のその優しい心遣いに
私は感動してしまって、「まさに理想的夫婦を具現化していらっしゃ
るなあ」と思ったことでした。

去年結婚したうちの息子夫婦は、まだ一度もけんかをしたことがない
そうなのですが、見ていると、やはり二人ともが自然に「相手のこと
の方をまず思いやる」ことができているような気がします。

共働きをしている彼らは、お嫁ちゃんの方が通勤距離は長いし、どう
しても負担が重くなるし疲れると思うのですが、不機嫌に愚痴を言う
こともなくいつも一生懸命な彼女に、なおのこと息子も感謝して、
「無理しないで」と優しい言葉をかけているようです。

若い彼らに教えられることも多いです。

振り返ればこの私、新婚旅行先のハワイでおみやげのことをめぐって
3日目で早くもケンカしましたっけねえ・・・。

今でも疲れりゃすぐ当たり散らすし・・・。いかん、いかん。

土曜日の結婚式でまた初々しいカップルを拝見し、我が身を反省しつ
つ、newly-wedカップルのこれからの人生に幸多かれーーと心から願
った私でした。










2012・5・14 TOTOと安川電機見学

12日の土曜日、北九州にあるTOTOと安川電機の工場見学に行って
きたSophieです。

英語仲間のFukkoさんとDaisukeさんと一緒でした。

通訳ガイドをしているFukkoさんは、日本の最先端技術を見学に来た
外国からのお客様をいろんな工場へ案内することも多いため、機会が
あればこうして下見をすることを心がけていらっしゃいます。

工場見学が大好きな私は、今までもTOYOTA(宮田)やNissan(苅田)
の工場の下見にお伴したことがあるのですが、その度に日本の素晴ら
しい技術と丁寧で正確な仕事ぶりに感嘆の声をあげてしまうのでした。

先週は「日本の原風景」とでもいうべき、古き良き日本の田舎の里山
歩きをしたのですが、cutting-edge あるいは leading-edge である
車やエレクトロニクスなどの工場は、対照的な、日本の持つもうひと
つの顔ですね。

TOTOの工場を見学してみて、あらためて「衛生陶器」って「焼き物」
なんだな~~!と思いました。行程はほんと、ふつうの陶器と同じで
す。

ただ、食器の陶器などだと、多少のサイズの不揃いは手作りならでは
の味があってよいのでしょうが、工業規格製品となるとそんなズレは
許されません。

型から出された焼く前の状態から焼成あとの状態では、1割以上も縮
むのだそうです。

縮むことを見越しての、最初の微妙なサイズの計算ってどーやってや
るんだろう??と数学がパーの私にはほんとに不思議・・。

自動でフタが開く、勝手に水が流れる、タンクがない、というものに
もだいぶ驚かなくなってきましたが、最新のネオレストは、流した水
自体が汚れを落としてしまう処理がされていたり、流すのに必要な水
がたった3.8リットルですむ、などますます進化しているようです。

先週田舎のムラで汲取式トイレ(通称ボットン便所)を体験してきた
ばかりの私には、このトイレの進化ぶりはまぶしいものがありました。

そして、去年観た荻上直子監督の「Toilet」という、トイレがある意
味大きな役割を担う映画を思い出してしまいました。

国際結婚してカナダに住んでいた娘が死んで、孫の世話をするために
日本からやってきた、もたいまさこ演じる”ばーちゃん”が毎朝トイレ
から出て来るたびに「はあ~~~・・・・」と深いため息をつく。
そのわけは・・・?

血はつながっているけれど異なる文化圏で育ち価値観も違う孫たちと
”ばーちゃん”が共生していく過程や、家族の意味などについて考えさ
せられるとてもいい映画でしたが、同時に、「日本のトイレって世界
一よねえ」と思ったのでした。

私はまだ観ていないのですが、アメリカのミシシッピを舞台にした
「ヘルプ 心がつなぐストーリー」もトイレが重要なKeyになってい
ると聞きました。

うーん、「たかがトイレ、されどトイレ」・・・。

TOTOでは「リモデルフェア」をやっていてトイレやキッチン、洗面
台などの展示、関連業者のブースや、地元産業の宣伝ブース、物産販
売、東北支援コーナー、などなどで賑わっていました。

トイレ付きバイク!
  ↓
TOTO見学

安川電機のロボット「やすかわくん」の作るソフトクリームには長蛇
の列が。でも、やすかわくん、ソフトクリーム作るの遅っ!コーンを
1個掴むのにも時間がかかる。人間なら1秒のところ、1分かかるん
じゃない?
 ↓
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人間がなにげなくする動作が、いかに脳と筋肉の緻密な連携とバラン
スで行われている芸当であるかと思わされました。アシモくんが歩い
たり走ったりサッカーボール蹴ったりするのって、ものすごいことな
んですね!

九州製紙のコーナーで。トイレットペーパーのモト。
  ↓
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トイレマン?! 
  ↓
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八幡西区にある安川電機の製品そのものは、私達のふつうの生活では
じかにお目にかかることはありませんが、車関連、機械、電機、金属、
物流、など産業用ロボットの6割以上は安川電機のMOTOMANなの
だそうです。

ロボットをロボットが作っているところを見学して、「うわ~、アト
ムの世界だわ・・」と、子供のときに読んでいたマンガの空想の世界
だったことが目の前に現実としてあらわれていることに感動してしま
いました。(残念ながら工場内は撮影禁止)


デモンストレーション用のロボットのひとつ。占いをしてくれます。
  ↓
安川電機見学

小倉祇園太鼓を披露してくれるロボット。
やすかわくんと同じ顔じゃん。
 ↓
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華麗なバチさばき!
  ↓
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工場見学ってほんとにおもしろい♪


そうそう、ロボットといえばーーー

先日テレビで、Sharpが6月にお掃除ロボット”COCOROBO”を発売
するというニュースを見ました。
  ↓
ココロボ


そのロボット、なんと日本語、関西弁、英語、中国語を「しゃべる」
のだそうです!

デモンストレーションで男性が、お掃除ロボットに向かって「おそう
じして」と話しかけると、「ワカッタ!」って答えて動き始めるんで
す。

充電が残り少なくなるとテンションが下がって、「おそうじして」と
言われると、仕方ねーなーとでもいう感じで「はい、はい」って
答えてました。

か、か~~わい~~~~い!!

会話も50種類ぐらいのパターンがいけるそうで、「あーあ、今日は
疲れたよ~」と愚痴ると、「ダイジョーブ?」って聞いてくれます。

価格は13万ほどだったと思いますが、「欲しいっ!!」

将来、下の子供も巣立ったあと、無口な主人と老後2人で暮らしてい
ても、このロボットがいてくれたらお話相手にもなってさみしくない
わ~~~。

ーーーって、どんだけ、孤独なんだ、私??!!




2012・4・23 桜を追いかけて

先週18日に、初めて、大阪造幣局の「桜の通り抜け」に行って来た
Sophieです。

熊本-天草-雲仙に続く、母と妹との母娘3人の”桜旅”第2弾です。

今年は寒さのために開花が遅れるということで当初の開門予定の15
日が17日に延びたため、15日出発予定だった私達もスケジュール
変更を余儀なくされました。

大阪もソメイヨシノはほとんど終わっていましたが、造幣局の桜は
八重の品種が多いので普通よりも開花の時期が遅いのだそうです。

大阪は馴染みがなくて、記憶に残るところでは数年前、梅田と道頓堀
あたりをウロウロしたぐらいなのですが、さすが西日本一の大都会で
すねえー!

今回初めてバスで高速道路を走ったのですが、あらためて街の大きさ
にビックリしました。梅田付近にはバンバン高層ビルが建築中で、活
気のあること!

造幣局の桜の通り抜け(一方通行なので通り抜けと呼ばれる)は、明
治時代から続いているそうです。

満開時に1週間だけ開放されるので、その期間の人出はものすごく、
私達も人の波にもまれながらエッチラオッチラ少しずつ進みます。
  ↓
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「日傘はたたんでください」
「1カ所に立ち止まらないでください」
「写真は手早く撮って進んでください」

ーーなどと絶えずガードマンから注意の声が飛んでいます。

南門から入り、北門へ抜けるまで約560m。道の両側に129種類の桜
の木が354本。

「これはわざわざ来る価値があるわねえ~♪」と母も満足げ。

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  ↑
地面に届くほどたわわに?桜が咲いているので花の中で写真が
撮れちゃう。

色も多彩です
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大阪造幣局の桜

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  ↑
毎年、いろんな種類の桜を紹介するために「今年の桜」を決めていて
今年は「小手鞠」でした。

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しだれはやっぱり素敵。それにしてもうしろのマンション(官舎?)に
住んでいるヒト、うらやましい・・・。
  ↓
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母の歳になると、つい「来年も桜が見られるだろうか・・」と思って
しまうそうなのです。
(旅に出て、きれいなもの珍しいものを見るたびに「冥土のみやげ、
冥土のみやげ」と言うのが口癖になっておりますが、このぶんでは
”冥土のみやげ”が多くなりすぎて持ちきれない?!)

造幣局は大阪が本局なんだそうです。

(ここでまた無知をさらしてしまいますが)私、”造幣局”というくら
いだからお金はすべてここで作られているのだろうと思っていたので
すが、造幣局で作られるのはいわゆるコイン(貨幣)のみなんですね。

紙幣は日本銀行が発行し、作っているのは国立印刷局なんですって・・。

造幣局の仕事に「地金、鉱物の分析、試験」なんてのもありました。

ふ~ん、そうなんだ~・・。

ケロヨンみたいに見える建物。丸い部分がコインを表しているんで
すね?
  ↓
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旧正門(空に小さく飛行機もうつってます)
 ↓
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壁にあるマークも桜
  ↓
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造幣局の入口門で守衛のオジサマと
  ↓
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ひとつ賢く?もなれたし、大満足の旅でしたが、ただひとつ、今回
地元の人と触れ合う機会がなくって、大阪弁があまり聞けなかったの
が残念でした。

新幹線でとっても近いということもわかったし、ぜひ次回は「2度
づけ禁止!」の串カツを食べながら、local peopleとお話がしてみた
いです!



造幣局は大川(旧淀川)の川沿いにあり、大川沿いはずっと公園や緑
地帯になっていて、どこまでもサイクリングが出来そう。川がまっす
ぐなので、レガッタ(ボート)の練習もしていました。

桜の時期は両側に屋台が出て夜遅くまで賑わっています。

宿泊は造幣局のすぐ近く、帝国ホテルだったのですが、そこの船着場
からディナークルーズの船に乗り、大川を上下してみて、「大阪って
“水の都”なんだなあー』ということも新たに認識しました。

今から乗船。
  ↓
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お料理は帝国ホテルのものなのでとっても美味しいフルコースでした
  ↓
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屋台が出て賑わう造幣局の川岸
  ↓
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ライトアップされて幻想的
  ↓
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噴水まで・・
 ↓
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昼間とはまったく違う景色になりますね
  ↓
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桜を堪能した私達、翌日は堺へーー

ーーーーつづく


2012・4・2 高千穂へ

ねぎのみじん切りをしていたら、包丁で左手人差し指の爪をグサッと
さしてしまい、爪に亀裂が入ってしまいました。

桜が咲き始め、うららな春になるとなぜか何事にも集中できずにボ~
~ッとすることの多いSophieです。

先週水曜日は、西鉄旅行のバスハイクで高千穂まで行ってきました。

ご同行は自称「三婆トリオ」(母と、近くに住んでる叔母2人いずれ
も未亡人)とユフコさん(妹のオットのお姉さん。なぜか私と妹とユ
フコさんも「三姉妹」と呼ばれている。今回妹は腰の調子が悪く残念
ながら不参加)。

父のすぐ下の妹であるケイコ叔母は80を過ぎてもテニスの試合で全
国をとびまわっていてこのメンバーの中で足腰は一番丈夫かも?!

80を過ぎるととエントリー選手が少ないせいか?けっこういい成績
で入賞などもされているようです。この前はなにかの大会で優勝した
と言ってました。週1回、パソコンの先生に来てもらいPCの勉強も
しているし、新しいことを学ぶ意欲や好奇心も旺盛。

その下のジュンコ叔母はゴルフ三昧。一時はシングルもめざしていた
という打ち込みようでしたが今はのんびりと楽しんでいるようです。

高千穂は言わずと知れた神話の里。

今回のバスツアーも「スピリチュアルスポット高千穂」と銘打ってあ
りました。

この手のツアーはいま人気らしく、バスは満席で、けっこう若い人達
も多いのにびっくりしました。

荒立神社―天岩戸神社&天安河原ー高千穂峡―高千穂神社と日帰りで
いっきに回ります。

平均年齢80の三婆トリオにはちょっときつい行程かとも思いました
がなんのなんの、よく食べ、よくしゃべり、サッサカ歩き、ほんとに
元気。80パワーはすごいです!

スピリチュアルスポットで神様のパワーもいただいて、母も叔母達も
ますます元気で、長生きしてほしいなあーと思いました。


写真嫌いの叔母たちは写ってないのですが、写真を何枚か・・。
  
荒立神社(猿田彦と天鈿女命あまのうずめのみことが結婚した時、
周りの荒木で急いでお宮を建立したためこの名がついたと言われてい
る。縁結びのご利益があるそうです)
  ↓
荒立神社

天岩戸神社
  ↓
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天岩屋戸は御神域で、写真撮影は禁止。神官の案内があれば、西本宮
の拝観所から遠く山肌にある天岩屋戸跡を拝むことが出来ます。

がーーーー私は勝手に神話のエピソードのイメージから、大きな洞穴
があり、その前に大きな岩で入口がふさがれてるような光景が間近に
見られるのだとばかり思っていましたが、実際は「え・・どれ?どこ
にあるの??」という感じ。
 
木々に覆われたり台風で地崩れしたりで洞穴の片側がかろうじて残っ
ているという説明でしたが、どう見ても普通の山・・・。

「世界三大ガッカリ」はブリュッセルの「小便小僧」とコペンハーゲ
ンの「人魚姫」、それにシンガポールの「マーライオン」だそうです
が、天岩屋戸は絶対「日本の三大ガッカリ」(があるのかどうか知り
ませんが)に入るぞ・・と思ってしまいました・・・。

あ、こんなこと言って罰があたったらどうしよう

天安河原は、天岩屋に籠った天照大神をどうやって外に出て来させる
か、八百万の神々が相談をしたと言われる所。

河原の石を積み上げて、できるだけ高く積み上げると願いが叶うとい
うことで、あたり一面石を積み上げてある様はちょっと芸術的でさえ
あります。
  ↓
高千穂

ここのお土産屋さんで買った金柑の甘くて美味しかったこと!
  ↓
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今回のハイライトはやはり高千穂峡。

3つの橋が同時に写せる写真スポット
  ↓
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太古の昔、阿蘇山の火山活動で噴出した溶岩流が五ヶ瀬川に沿って帯
状に流れ出し、急激に冷却したために柱状節理の素晴らしい造形美が
出来たそうです。

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自然の力ってすごい。
  ↓
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(仙人の屏風岩)


最大の見どころ、真名井の滝
  ↓
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反対側から見たところ
  ↓
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最後は高千穂神社。ここも縁結びの神社なんだそうです。

手をつないで3周まわるとその人と縁が切れないと言われている
夫婦杉。
(二本の木に見えますが根っこがつながっているそうです)
  ↓
高千穂神社


家族、恋人、友人たち、それぞれ出逢った皆さんの縁がいつまでも
続きますように!


2012・3・12 日本語は素晴らしい!

Sophieです。

昨年の東日本大震災から1年が経ち、マスメディアでも特集記事・番
組が多く見られますね。

編集後記が筋トレに載るのは月曜日ですが、10、11日と大分に泊ま
りがけで行く用事があるため、〆切より早く送ってしまおうと思い、
実際これを書いているのは金曜日の夜中です。

今日(9日)は、友人Fさんに紹介していただいて以来私もファンにな
ったソプラノ歌手、林麻耶さんが出演される「てあとろ・だもうれ」
(愛の劇場)第2回コンサートに行ってきました。

これは麻耶さんたち4人の仲間が、クラシックは「敷居が高い」と敬
遠している人たちにも「楽しい!」と思ってもらえるようにと笑いや
おしゃべりやエンターテイメント性のあるものをと始められたコンサ
ート。

第1回は昨年のまさに3月11日の夜でした。

あの夜は、震災や津波の被害がここまで大きなものだとはまだよく
わかっていない時で、それでも会場の其処此処で「とんでもないこと
が起こった」というひそひそとした不安そうな会話が聞こえていまし
た。

私自身も、東京に住んでいた当時大学生の娘と連絡が取れず、コンサ
ートの第1部だけを聴いて早々に帰宅したことを思い出します。

(娘は卒業旅行のスペインから帰国途中で地震の時はちょうど空の上。
成田には降りられず、横田基地でしばらく缶詰状態となり、結局関空
に回され夜遅くにやっと入国できたのでした)

いろんな意味で日本が大きく変わったあの日と同じ会場で、「あれか
ら1年経ったのだなあ・・・」とあらためて振り返ったことでした。

直に被災地に入りもせず、直に現地の声も聞かず被害者の方々と接し
てもいない遠くにいる私に何も語る資格はありませんが、自分に出来
る募金や省エネ、東北の物産を買うなどの協力は続けていきたいし、
東北のことに常に関心を持って心をよせていきたいと思っています。

9日のコンサートでは、いま大切にしたい「日本の心」ということで、
日本語の歌ばかりが歌われたのですが、井伏鱒二、北原白秋、石川啄
木らの詩による曲、やなせたかし氏の作詞による曲、そしてたくさん
の文部省唱歌などを聴いて、あらためて日本語の美しさ、というもの
に心をうたれました。

なかでも、国文学者の清水重道作詞の組曲「沙羅」は、文語調で格調
高すぎて?!よく意味はわからないのですが、それでも「ああ、日本
語ってなんて情緒のある、やわらかくて美しい言葉なんだろう」と日
本人であることを誇らしくさえ感じました。

組曲3曲目の「北秋の」はこんな感じ
  ↓
北秋の
 峡(かひ)の凝々(こご)しき道の曲(くま) 
 わが見し花に
 名づけてよ 君

 いなむしろ
 君によそへて
 呼ばましものを
 
 みつみつし
 白く小さき
 北秋の花

(ちなみに作曲者は信時潔という東京音楽学校(現・東京芸大)の教
授だった方で、「海ゆかば」や「慶応義塾塾歌」を作られた方なのだ
そうです。へー)

山道で白い愛らしい花を見つけて、愛する人をそっと思う、なんてロ
マンチックな歌でありましょう。

言語はその国をあらわす文化だと言われますが、私達はこんなに品格
のある、優美でかつ凛とした言葉を持つ国民なのだなあ~・・と再認
識いたしました。

非常に控えめで感情表現は苦手だけれど、言わなくても相手の気持ち
を思いやり、恩着せがましくなく相手の必要をさりげなく満たす、あ
うんの感覚というのはやはり、ひとつ日本人の美徳ではないかと思っ
たり・・・。


春はあけぼのーーーと、ちょっと古典などひもときたくなりました。

あ、古典といえば、「枕草子」の「ものはづくし」に例えてYMCAで
日本語を勉強している留学生達(主にアジア系)の作品が壁に貼って
あったのですが、彼らの観察眼と感性もなかなかおもしろいものがあ
りましたよ。

日本的なもの

どこでも道路に書いてある「止まれ」。

似合わないもの

足がきれいじゃないのに短いズボンやスカートをはくこと。

顔がハンサムで体に筋肉もあるのに声が女みたいに高い男性。

夏にはスカトの下にレギンスをはいてる人が、冬には短いスカトの下
にうすいストキングをはいているの。

つい油断してしまうこと

自分が本当に愛してる人も自分のことを愛していると思ってしまうこ
と。


憎いもの

何回もくり返すミス。
後ろ姿がバリ可愛い!!と思って顔見たらllili○l ̄L  



やっぱり日本語最高!!

英語、何するものぞ!!

ーーって、あ、これ「”英語”リーディング」のメルマガでした・・・・。





Let's make Okonomiyaki a la Hiroshima

バレンタインには主人にも息子にもあげることもなく(主人は太るだ
けだし、息子はもうくれる人がいるし)、逆に大学時代の同級生から
友チョコをもらったSophieです。
  ↓
2012バレンタイン

毎年この時期、北九州のドイツ菓子店Kawaguchiさんのワンちゃん
のチョコを贈ってくださるセツコさん。ありがとう!
去年はバウムクーヘンにチョココーティングのワンちゃんでしたが
今年は大量のチョコとナッツのみで出来ている豪快なものでした。
   ↓
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あ・・でもこれひとりで食べたら、私の方が太ってしまう
主人のことを言えなくなるな・・。



先週は美味しいものばかり食べていました。

火曜日の我が家での chat club meeting (英語でおしゃべりをする会)
では、広島に住んだことのあるOさんが「広島風お好み焼き」の作り
方を伝授してくださいました。

去年11月に広島に旅行して以来、「広島風お好み焼きがまた食べた
いよー」と言っていた私のリクエストに応えてくださったものです。

外国人のゲストとして、アメリカ人の Kathleenとフィリピーナの
Josephine をお呼びして、一応英語の練習なので、レシピも英語で
Oさんが書いてきてくれました。

How To Make Hiroshima-style Okonomiyaki

1、まず、お好み焼き粉プラスだし汁で batter(生地) を作ります。
かなりユルユルでOK。

2、Spread a scoop of the batter into a thin round over the
hot plate.

丸いクレープを焼く感じ。

3、Place one handful of finely chopped cabbage and bean
sprouts on top of the thin pancake. And then place some
slices of pork on top of the bean sprouts.

その上に千切りキャベツともやしを思いっきり山盛りにのせます。
Oさんが言うにはキャベツはあまり細すぎない方がいいそうです。
その上に豚バラスライスをのせます。
  ↓
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4、Pour some okonomiyaki batter over the ingredients.
さらに生地をタラタラと。これで材料同士がなじむそうです。

5、Flip the pancake over with spatulas.
ヘラ2つを使ってエイヤッ!と引っくり返す。
 ↓
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6、Fry yakisoba noodles and season with okonomiyaki sauce.
今回、焼きそばは別のホットプレートであらかじめまとめてソースで
炒めておきました。

7、Place okonomiyaki on top yakisoba noodles and press
firmly with spatulas.

適量の焼きそばを丸型にかたちづくりその上に5のお好み焼きをエイ
ッ!と乗せます。(引っくり返さずそのまま平行移動でのせること)
ヘラで上から押さえつけます。あれだけ山盛りだったキャベツも、
ここでアララ・・ぺったんこになります。

8、Crack an egg onto the hot plate, mix the yolk and white
together and spread to the same width as the okonoimyaki;
then place okonomiyaki on top of the egg, turn the okonomi-
yaki over.

卵をホットプレートの上で黄身と白身を混ぜながら丸く広げ、その上
に6のお好み焼きを乗せてから、全体を引っくり返します。
Oさんいわく、何の上に何をのせて、どこで引っくり返すのか、が
最初はこんがらがってわからくなるんだって。

つまり、今、一番上は卵です。野菜と肉と焼きそばが、クレープ状の
生地と卵の間にはさまれている、って感じ。
これで出来上がり。(^ o ^)/! Serve the okonomiyaki in a plate.

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Before eating okonomiyaki, spread okonomiyaki sauce and
mayonnaise on it.  Sprinkle bonito shavings and dried sea-
weed powder on the top.

あとはお好みで、お好み焼きソース、マヨネーズ、青のり、鰹節、な
どをかけて召し上がれ。

ここでは春キャベツを使ったので、甘くてすっごく美味しかったです。
大量の野菜が食べられるし、焼きそばの量を減らせばダイエットにも
いいのではないでしょうか。

Oさんは具は豚肉が一番好きなのだそうですが、もちろんシーフード
でも牛肉でもなんでもいいし、焼きそばのかわりに「うどん」もアリ、
だそうですよ。

みんなでワイワイ言いながら一緒に作って食べられるのがいいところ
ですね♪

Oさん、ありがとうございました!
 ↓
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金曜日は、韓国料理をいただきました。

妹が日本語を教えていたことのある金さんのお宅に私も呼んでいただ
き、お昼をごちそうになったのです。

韓国料理も野菜がたっぷりで、色どりも綺麗だし目にも美味しい。
  ↓
金さん料理

3歳半と2歳のお嬢さんのママである金さん、彼女たちのために手作
りの教材やカードで、韓国語、日本語、英語、を教えていらっしゃる
ので、会話の中に3カ国語がとびかっていました。!!

強制的でなく、自然に日常の遊びのなかに取り入れている感じで、子
ども達もとっても楽しそう。

日本や韓国という枠にとらわれず、子供がこんなに小さい時から目は
しっかり世界を向いています。
こういう環境でグローバルな人間は育つのだろうなあ・・・と思いま
した。



土曜日はこの冬初めて、福岡にも雪が積もりました。

せっかく咲いた庭の梅も雪をかぶって寒そう・・
梅に雪



この日は、私の母と娘と3人で、雪が吹雪いている中をめげずに出
かけ、「無垢」というお店で美味しい平戸牛や和食を食べてきました。


このごろ母は、本やテレビで美味しそうなお店の情報を仕入れては、
「今度はここ」「次はここ」とそれらを制覇していくのを趣味?!と
していて、私と娘はちゃっかり便乗しております。

「もう食べることしか楽しみもないし~」

と母は言うのですが、いえいえ、まだまだ足腰も達者ですし、旅行も
お洒落も楽しんでください。

ーーっていうか「食べることしか楽しみない」のは私なのでは・・??



雪だるま
食事を終えて夜帰宅してみたら、家の前に置いてあるベンチの上に
・・・誰が作ったんだろう??
寄り添った雪だるまがーーーー「冬ソナ」みたい~~

(こんなことで喜んでいては、雪と格闘している北国の方々に
申し訳ないような気持ちになりますが・・・)

2012・1・30 「ちづる」を観て

22日の日曜日、前回のブログに書いたドキュメンタリー映画「ちづ
る」
を観て来ました。


整理券が配られるというので、10時からの上映のために9時に家を
出ようとしていたら、妹からの電話で、あまりの人の多さに整理券を
8時半から配布し始め、急遽1回追加で9時からの上映をすることに
なったそうで、「なるべく早く行った方がいいよ」との情報。

9時半頃KBCシネマに着いて次の10時半からの上映のために並んだ
のですがすでに「補助席47番」(補助席は50席)で、ぎりぎりで
した。

2回目の上映が終わる頃までには午後12時半からの3回目の分は補
助席分どころか立ち見まで全部売り切れてしまっていたそうで、後か
ら来た方は皆、スタッフの方にあやまられながら、仕方なく帰られて
いました。(後日、あまりに評判がいいので、福岡での上映は2月10
日まで延長されました)

この日は、横浜から監督も来福され舞台挨拶があるということもあり、
ご両親の友人らしき方がたくさんみえていてロビーに出ていらした監
督と話したり写真を撮ったりする姿が見られました。

やはり地元は熱いです。

妹の話では、子供の頃の彼は内向的でシャイでどちらかというと人と
のコミュニケーションは苦手だったということですが、ロビーで大勢
の人と言葉をかわす様子や、訥々とでもしっかりとした舞台挨拶を聞
くととてもそんなふうだったとは思えません。

お母さんの久美さんのご本(ちづるーー娘と私の「幸せ」な人生)
にも書いてありましたが、映画を撮っていく過程で、それまで友達に
も隠してきた妹の自閉症とも初めて正面から向かい合い、また自分自
身の中にあった差別にも気がついたり、監督ご自身も変わっていかれ
たそうです。

映画は余分なナレーションや解説はほとんどなく、お母さんと千鶴さ
んの生活をありのままに映し出し、時には母娘の取っ組み合いや、就
職をめぐっての監督とお母さんとの声を荒げての葛藤の場面なども、
そこにカメラがあるなどと全然意識されていないかのように自然に現
されていて、見ているうちになんだか私もこの家族と一緒に暮らして
いるかのような感覚になりました。

期待していた以上に素晴らしいドキュメンタリー映画でした。

「ヘンテコでシュールな笑いがある」と監督が言われていたように、
思わず笑ってしまうやり取りもあり”ちーちゃん”の不思議な魅力に
はまってしまいましたが、おだやかな時ばかりではなく波もありそれ
に毎日寄り添っていくことはやはり大変なことなんだろうなあ・・・。

お母さんは、千鶴さんがはっきりと自閉症との診断を受けたとき、
「自分には無理、育てられない」と一瞬死を考えたそうですが、
「でもとりあえずひと眠りしよう」と家に帰って子供達と昼寝をされ
たそうです。

「そして目覚めたときにはほんの少しですが、現実に立ち向かう気力
がわいていました。そのことをこの20年よく思い出しました。あの
時、私、眠れたなあと。それはなぜかつらい時に自分を支える不思議
な自信になっているのです。力量が足りない母親なりに私に何か強み
があるとすれば、この以外に図太い体質のようなものでしょうか。」
(ちづるー娘と私の「幸せ」な人生より)

とにかくこのお母さんの久美さんが、(体は細いのに)”心”はどっし
りと豊かで大きくておおらかで、しかも賢くて美しくて、本当に素敵
な方なのです。

妹が心から信頼し尊敬している理由がわかったような気がしました。

ご主人の正幸さんは、羽田から自宅に帰るためタクシーに乗りトンネ
ル内を走っていたときに、飲酒運転の車に後ろから激突されるという
不運な事故で2006年に亡くなられています。

映画の中で、監督とお母さんが口論をする場面で、「遅くなるときは
連絡をしなさい、何時に帰るといって帰らないと心配なのよ、お父さ
んがそうだったから。帰ってこなかったから。」と言われるところで
はその時のお気持ちはどんなだったかと思うと涙が出てとまりません
でした。

久美さんの本のあとがきは、こう結ばれています。
   ↓
[去年、夫の4回目の命日の日記にこんなふうに書きました。

悲しみは大事にとっておき、手に負えないと思える苦労にも正面から
立ち向かい、それでも、どんなときでも人生の美しさを淡々と味わい、
慈しむことができる、そんな境地に早くたどりつきだいものだと思っ
ています。

まだまだこんな境地には達していませんが、これまでの人生、どんな
瞬間にも「でも、自分は不幸せとは決して言えない」と思ってきまし
た。千鶴についてはとても「不自由な人生」だと今でも感じています
し、夫の死については確かに「不運で悲しい人生」です。でも、それ
は幸せではないということとはちょっと違っていて、幸せなことも、
数えればきりがないほどたくさんあるのです。とんでもない不自由さ
もどうしようもない悲しみもこれから先ずっと続いていくわけですが、
そういうものを何もかもひっくるめて、私はなかなか「よき人生」で
はないかと近ごろ思うようになりました。そんなふうに思えることも、
私のもうひとつの強みといえるのかもしれません。]

人はそれぞれに大なり小なり悩みや辛いこと苦しいことを抱えていて、
その痛みは本当にはたぶん当人にしかわからないーーでも、
たしかに「100%の不幸」というのもないのでしょう・・・。

先日テレビ(金スマ)でクリス松本が「どんな小さなことにも喜ぶの
よ。たとえば道でかわいい子犬に会った、キャー嬉しい!って」とあ
のオネエ口調で言ってましたが、どんな小さなことでも喜び感謝する
ことを忘れなければ、微笑むことが出来て、そこに希望が生まれ、
「どんなときでも人生の美しさを淡々と味わい慈しむことができる」
ようになるのかもしれません。

そんな元気をもらえるキラリと美しい映画です。

これから近くで上映がある地域の方はぜひご覧になってくださいね!
   ↓
上映劇場情報

2012・1・9 吉沢久子さんの本を読んで

今年初めての編集後記なので、(ちょっと遅いですが)明けましてお
めでとうございます、Sophieです。

今年もどうぞよろしくお付き合いくださいませ。

私は去年もたしかそうだったのですが、なぜかこの時期具合が悪くな
ってしまうようで、今(日曜日)もこの編集後記を書きながら、気持
ちワルイ・・・お腹イタイ・・・と少々グッタリしております。

ーーで、ジトっと毛布にくるまりながら、家事評論家の吉沢久子さん
「前向き」―93歳、現役。明晰に暮らす吉沢久子の生活術ーとい
う本を読んだりしていました。

私の従弟のお嫁さんがフリーランスで雑誌や本の編集、企画などをし
ているのですが、この本の企画・構成を手がけたということで私の母
に贈ってくれたもので、「ためになるいい本だからアナタも読みなさ
い」と母が自分が読んだあと貸してくれたのです。

インタビューによる聞き書きといった感じの本ですが、2回目の取材
を終えたあとにあの東日本大震災が起き、エネルギーを節約する昔な
がらの知恵やいざというときの備えや暮らし方などにも話題が広がっ
たものになったそうです。

聞き手は長年吉沢さんと親しくされている生活研究家の阿部絢子さん
という方。

あ~、この方、年末のお掃除特集のテレビ番組で拝見したわ!
何十年も掃除したことがないというものすごい油と埃のこびりついた
換気扇をピカピカにした方だわ~。

家事のカリスマと言われるような阿部絢子さんが師と仰ぐ吉沢久子さ
んは、93歳で一人暮らし。

私など、一人の時は「カップラーメンでいいや」となってしまいます
が、吉沢さんは「自分を甘やかさず、気を抜かず。料理で頭を使うの
は一番の認知症予防」
とおっしゃって、毎日の食事もお盆の上のきれ
いな器にきちんと盛って、決して手を抜かないそうです。

「おかずに合わせて、今日はこのお茶碗、今日はこの蓋付きにしよう、
と選んでいます。それが私の生きてきた私なりの生活文化、生活の技
術でもあります」

家にお風呂もエアコンも冷蔵庫もない時代、戦争を生き抜いてきた世
代である吉沢さんは、「自分で考えて工夫する」姿勢が身に付いてい
て、震災後の電力不足にも、”節電”をもう一歩すすめ”省電”(電気の
使用そのものを見直す)を考えるいい機会ではないかと言われます。

襖や障子をはずし風の通りをよくする、打ち水をする、団扇で涼を取
る、スイカなどは井戸水をはった桶に入れ濡れ布巾をかけて気化熱を
利用して冷やす、冬は家に差し込む日ざしと共に移動し猫のように日
なたで暖を取るーーたしかに、皆昔は当たり前のようにやってきたこ
となんですね。

お菓子がなければカンピョウを揚げてお砂糖をパラパラと振りかけて
みる、野菜の配給が一家に大根5cmだけしかなかった時は、ハコベ
やたんぽぽ、アカザを食べたりもした、お茶がらも佃煮にすると食べ
られる・・・など「ものに囲まれた豊かな暮らしもいいですが、なけ
ればないで工夫をしていく。それが暮らしの楽しみでもありました」。

今朝のテレビで大学の先生が、「これからは富の分配、福祉の享受と
いうよりは、不利益や重荷を分かち合わねばならない時代になってく
る」というようなことを言われてました。

さすがに今の時代、冷蔵庫のない暮らしは考えられないし、雑草まで
食べることはないかもしれませんが、昔ながらの生活の知恵、生活力
というのはこれからますます必要になってくるように思います。

「震災のあと、日本はこれまでと同じではなくなったのだから、私達
もかつてと同じ生活をしようと思わないことです。被災した方々のた
めにできることをしよう、という気持ちを持つ。そして質素に生きて
いけばいいのです」

ふーむ、なるほど・・・と思いながら、先週車の中で聞いたラジオで
の話を思い出しました。

その日、私は年明け初めての秘書仕事で、郊外にあるアメリカ企業の
オフィスに行った帰り道だったのですが、ある男性からの、彼の奥さ
んとの年末年始の”食”に関する価値観が違い過ぎてのお悩みがラジオ
のパーソナリティのお二人の軽妙なやり取りで読まれていました。

この男性、結婚以来一度もいわゆる伝統的な日本の年末年始の年越し
蕎麦やおせち、お雑煮といったものを食べたことがない、というので
す。

抗議のために1ヶ月ほど「家出」をした彼、今年こそはーーと戻って
きた31日の晩ご飯はフツーのいつもの「豚の生姜焼き」(晩ご飯だ
からな、まあ、これはよかろう)ーーーでも、夜が更けても「年越し
蕎麦」はなし・・・。落胆して寝る・・・。

そして翌日、起きてきての元旦の朝ご飯は・・・「コーヒーとトース
ト」
がポン、と出てきただけだったそうです。

私は思わずワハハとひとり、車の中で笑ってしまったのですが、日本
人なのに「お正月はおせちとお雑煮」という遺伝子が入ってないヒト
がいるのだということがすごい新鮮な?!驚きでした。

かく言う私だって、おせちは作るものではなく「とるもの」になって
しまっていますものね・・エラそうなことは言えません。

が、しかし、元旦に「コーヒーとトースト」は、吉沢さんの言う「質
素」とは絶対違うぞー、と思います。

日本人として、これはやはり後世に絶対残さねばならない生活文化で
しょう。

こういう生活文化も意識して伝えていかねば残っていかないことなの
かもしれませんねえ・・。

このご夫婦、かくなるうえはご主人自身がぜひ頑張って年越し蕎麦を
用意し、豪華でなくてもいいからおせちもお雑煮も作ってあげて、ひ
とつひとつ、「これはこういう意味があるんだよ」と教えて、奥様に
美しい日本文化を伝えていただきたいーーと切に願う私です。





2011・12・19 手紙雑感

「英語リーディング筋トレ」が週1配信となり、初めて月曜日の編集
後記を書くSophieです。

土曜日にマックスから「原稿は日曜日の12時までに送ってね」と
メールが入り、「おおっ、そうであった!」と、締め切り日の違い
にちょっとアセりました。

その日は、友人のJazz AcademyというグループのChristmas Liveに
出かけていました。
  ↓
カントリーも得意なWさんは国際交流ワークショップがきっかけで
知り合った10年来の友人。
Jazz Academy Christmas Live

いつも若々しくスリムなサッちゃんは元気な曲がよく似合う
  ↓
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年に2回はライブをされるグループの皆さん。アマチュアながら
シンガー歴は皆12、3年あり、年々上手くなるなあ~と感じます。
70歳過ぎてお孫さんもいるUさん(中央)のように、いつまでも
こうして楽しく歌える、お洒落で素敵なおばあちゃんになりたいね、
と一緒に行ったJazzコーラスのメンバー達と話したことでした。
  ↓
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早いものでもう今週末はクリスマス。

里親として学費支援をしているケニアの Ireneちゃんにも、家族写
真と手紙を添えてやっと先日クリスマスカードを出したところです。
(クリスマスにはとても間に合わないだろうな・・・)

お世話をしてくださっている現地のミコノ・インターナショナルとい
うNPOのスタッフが、Ireneちゃんの手紙と成績表を学期ごとに送っ
てきてくださるのですが、今学期も彼女は学年一位の優秀な成績でし
た。

医者になりたいというIreneちゃんは、とっても聡明で努力家です。

もっと頻繁にお手紙も出したいとは思っているのですが、英語の手紙
ってねえ・・・やっぱり日本語と同じようにはスラスラと書けず、つ
いつい筆無精になる私。

昔から、母に「短くても簡単でもいいから、出すべき手紙はすぐに」
と言われていたのに、このごろe-mailの普及もあって、日本語でさえ、
紙とペンで”手紙”を書くという機会がほんとに少なくなってきました。

いや、手紙どころか、年々怠惰ぶりに拍車がかかり、e-mailでさえ
「すぐ返事をよこさないヤツ」と言われる始末。

電話の他は手紙しか通信手段がなかった時代は、私もよく手紙を書い
ていたものでしたが・・。(何十年前よ)

主人の留学についてアメリカに住んでいた頃は、日本からの母の手紙
がとても楽しみでした。

学生時代住んでいた県人寮の寮監のおばさま、家族ぐるみで親しくし
ていただいていた大学の地理学の先生とは、結婚後も文通のように
しょっちゅう手紙のやりとりをしていました。

春には桜、秋にはコスモス、と季節に合わせた便せんや封筒を選び、
特別な用事はなくとも、日々の生活のあれこれ、子供の成長、折々の
新聞やテレビニュースの雑感、などとりとめもないことを書いていた
と思うのですが、現在のe-mailとちがって、お返事がくるのが1週間
とか2週間とかかかっても、待つ間の時間もひとつの楽しみだったよ
うな気がします。

無機質なe-mailの文字と違い、手書きの文字はその人そのものを表し
ポストに届いた手紙も妙に人間くさく感じます。

地理学の先生は晩年パーキンソン病を患われ、そのために、いただく
お手紙の字がどんどん小さく細かくなっていかれ、筆圧もなくなって
いかれるのが悲しかったことを思い出します。

大掃除の時期とも重なり、先日私もついに、今ベストセラーとなって
いるコンマリさんの「人生がときめく片付けの魔法」という本を買っ
てしまったのですが、その中に、「最初に手をつけるべきではないも
の」に「思い出の品々」というのがありました。

これらは、捨てる、捨てない、を決めるのが非常にheavyな作業にな
り、片付け初心者が最初に手をつけたら時間ばかりがかかってちっと
も作業が進まなくなるからだそうです。

“断捨離”という言葉も流行りましたが、やはり私は「捨てられない女」
・・・。

手元に残ったおばさまや先生のお手紙を見るとたちまちその頃の情景
や気持ち、もういまは亡きお二人のお人柄などがなつかしくよみがえ
ってきて、「人間たまには思い出にひたることも必要よねえ。生きて
きた道は捨てられないしねえ」などと思ってしまうのです。

ーーーなんてこと考えてたら、「そういえば、私は”ラブレター”とい
うものを一度ももらったことがないな」
ということに気がつきまし
た。

読み返して思い出にひたれるようなラブレターがない・・・う~ん、
返す返すも残念であります・・・・(┯_┯)


2011・12・7 私の望年

12月の声を聞くやいなや、さっそく忘年会シーズンに突入した
Sophieです。

第1週目の金曜日は、ソファ席でゆったりと落ち着けるBarタイプの
お店ーーだけどお食事は本格和食が出てくるところでした。

振り返ってみると、2011年は、まずなんといっても震災・原発事故
という日本全体にとって大変な出来事があり、私的なところでは娘の
卒業(卒業式は震災のため中止になりましたが)と就職、息子の結婚、
と人生の節目が重なり、一生忘れられない年となりました。

天神を歩いていると、「望年会うけたまわります」という看板が目に
入りました。

そうですね、この年のことは"忘"れてはいけませんーー明日に夢を描
き、明るい未来がくるようにと"望"む会にしたいですね。

マックスもグローバルな人材を育てるための幼児ビジネスに踏み出し、
新しい展開のある年となるようで、まさに「望年」!

来週からメルマガは週1配信となり、編集後記で皆様にお目にかかる
のは3週間に1回となりますが、このブログでは今までどおり週1ペ
ースでアップしていきたいと思っていますので、よかったら時々のぞ
いてみてくださいませ。m(_ _)m

さて、ブリジット・ジョーンズのように、毎年「今年こそダイエット」
を掲げては成果もなくむなしくまた次の年も「今年こそダイエット」
New Year's Resolutionを繰り返してきた私ですが、来年はそれに
「少しでも脳の衰えを防ぐ」を目標に加えなければならないかも。

ーーーというのも、このところ、予定や約束を忘れて、まわりの方々
に迷惑をかけることしばしば。(汗)

ダブルブッキングをしてしまって「きゃ~」となってしまったこと
も一度や二度ではありません。

この夏買った日傘も置き忘れで2本なくしました・・・。

ETCカードとnimocaカード(西日本鉄道のカード)も見当たらず、
紛失届けを出しました・・・。

先日、大好きな沖縄のお友達から、「自分もとても使いやすかったの
で」とアンテプリマの長財布がサプライズプレゼントとして送られて
きました。
  ↓
かわいい小花のついたとっても素敵なもので、彼女の気持ちも嬉しく、
さっそく今まで使っていたルイ・ヴィトン(made in Korea)から、
すべて中身を入れ替えました。
  ↓
その夜忘年会へ出かけるために、主人と娘に晩ご飯を作って置いてい
かねばならぬ、と牛しゃぶの材料を買いに近くのスーパーへエコバッ
グと財布だけを持って行きました。
  ↓
時間がなく急いでいたので、しらたき、とうふ、白菜、えのき、エリ
ンギ、牛肉・・・とバババッと買い物かごに入れ、小走りにレジまで
行き、「ほいっ」と台に置いて、パッ、と手にとった財布は・・・
はい、ご想像どおり、空っぽのルイ・ヴィトンでした・・・。

「す、すみません!財布間違えました、また来ます!」

赤面しつつ、また牛肉、エリンギ、えのき、白菜、とうふ、しらた
き・・と逆に売り場に戻して行った私・・・恥ずかしくてそのスーパ
ーには戻れず、車でちょっと遠い別のスーパーに出直しましたけどね。

今日も今日とて、またまた、テレビのリモコンでエイッ、エイッ、と
エアコンをつけようとしていました・・・。

通訳のクラスでも、あいかわらずのボケっぷりです。

frustratedをfirst ladyと訳すのはまだfとかrとかなんとなく共通点
?!があり言い訳にもなりますが (ならないってば)、先日は、
a trillion need our loveというのがどうしてもbelieve it or not
聞こえてしまいどうしたらそうなるねん!という感じで、もう通訳
というより自分自身の「創作」となっています。

脳と体ーーそして、耳の衰えも防ぎたいです。(って、リスニングの
悪さはどうしようもないか・・・?)


2011・11・30 ギンギラふたたび

2月、7月に続きまたまた「ギンギラ太陽’s」の舞台を観に行って来
たSophieです。
  
お決まり、舞台前の写真撮影。Krispy Kreme キャラと。
      ↓
ギンギラ太陽‘s2011、11月

こちらは堂島ロールくん。
  ↓
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AMUプラザさん
  ↓
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真ん中の九州新幹線が主宰の大塚ムネト氏。
脚本のベースとなる情報データが正確で、ちょっぴり風刺もきいてい
て、笑いながら時々ホロリとさせ、最後はあったかい気持ちにもなれ
る。ほんとにお話作りがウマイと思います。
    ↓
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すっかりハマッてしまい、ギンギラを観に行くのが恒例行事になって
しまいました。しかも、一緒に行くお友達も1人、2人、3人・・・
と増えてゆき、ファン拡大にも一役かっている?!

今回は大きなひとつのストーリーというよりは、小ネタを集めたテン
ポのよいもの。

早速、最近オープンした第2キャナルBarneys New Yorkキャラも
出てきました。

あいかわらず、天神と博多駅の狭間で身の不運を嘆くゲイツさんが抜
群におもしろい♪

地元密着型の劇団ギンギラ太陽’s、「地元民にしかわからないネタ」
だからこそ、観客が舞台と一体となって共感できるのだと思います。

「メーデー、メーデー、こちらキャナルシティ」

博多駅からちょっと離れた中洲地区にある商業施設キャナルシティが、
リバーウォーク北九州や西区のマリノアシティなどと売り上げ戦線の
報告をし合うところから始まり、それぞれに新博多駅に客を奪われた
ことを嘆きます。

ブランドもどんどん引き抜かれていなくなっちゃうし。

「くそっ、第2キャナルの応援が遅れている」

「ねずみも逃げた~~」「ねずみも逃げた~~!」

ーーというところには笑いました。

実は第2キャナル構想の最初は、屋内型のディズニーの施設をもって
くるということだったのです。

が、世界同時不況がおこり計画は頓挫。

結局9月末にオープンした第2キャナルには、九州初のH&M, 国内
最大規模のZARAやFrancfranc、ユニクロ、が核テナントとして入り
ました。

そりゃ、ディズニーの方が集客力はあったでしょうね。

私は、博多湾の埋め立て地にKyushu Disneylandを造ってくれないか
なあ~、そうしたら中国、韓国などの海外、また国内からも観光客が
10倍は来るようになるんじゃない?(^ ^)などと、ずっと期待してい
るのですが・・・。

ディズニーといえばーーーー

先日テレビで、オリンパスの損失隠しに関して、元社長ウッドフォー
ド氏が来日し、インタビューを受けているのをたまたま見ていました。

菊川前会長が「損失隠しはごく最近になって知った」と発言している
ことに対して、ウッドフォード氏は「そんなことは信じられない、あ
のばかげた会社を買ったときに彼はいたのだから」というようなこと
を反論していて(私はなんとなく英語を聞きながら下に出る日本語を
読んでいたのですけど)「ばかげた会社」とテロップに出たその単語
を、たしか彼は"Mickey Mouse company"って言ったんです。

Mickey Mouse company って、何かディズニーキャラでも作ってい
る会社?

私のいいところ?!は、自分が無知であるということをよく知ってい
るということです。(べつに自慢にもならないけれど・・)

無知な私はすぐ辞書を引きます。

すると、ありました、ありました!

形容詞で、「陳腐な、くだらない、ちゃちな」。COBUILDによると、
silly, childish, easy, worthless などの意味があるようです。

ほ~~。

Mickey Mouseもこんな風に使われたんじゃ、迷惑だと思うのです
が・・・?!

「それでも、どんたくにはこれからも来てくれ!」(今年、博多どん
たく港まつりのパレードにはミッキーマウスたちが参加したのです)
とキャナルも叫んでいましたし、ぜひミッキーにも毎年来てもらい、
こちらも恒例となり福博の街全体の活性化に一役かってほしいもの
です。





2011・11・23 山梨へ

福岡市民としてソフトバンクホークス優勝日本一は嬉しいSophieで
す♪

ーーが、実は先週水曜日から6日間、ずっと甲府→東京をうろうろし
ていたので、夜のニュースで結果を知っただけ。臨場感ゼロ・・・

従妹夫婦が、長年住んでいた出雲から今年3月に引っ越したので、新
居を訪ねるという名目で16日から3日間、母と叔母2人と一緒に甲
府へ行って来ました。

私は山梨へ足を踏み入れるのは初めて。

甲府は「盆地」だということは子供の頃習った知識で知ってはいまし
たが、見事にぐるり見渡すかぎり遠くに近くに山、山・・・しかもそ
の山々が”並”の山じゃない。

富士山を始め、八ヶ岳、身延山、北岳、甲斐駒、南アルプス・・山々
から発するいい”気”が盆地中に満ちているように感じました。

美術好きのジュンコ叔母が、画廊に勤める友人から「是非行ってみて」
と勧められたという「清春芸術村」にまず行きました。
  ↓
山梨へ


もと小学校だった敷地に、白樺美術館やルオー礼拝堂、安藤忠雄氏設
計の光の美術館(クラーベ・ギャラリー)、移築された梅原龍三郎の
アトリエ、などが建っています。

見応えもあるし、自然の環境との調和も素晴らしく、訪れた人をほっ
と癒してくれる所だなあーと思いました。

ラ・リューシュ(芸術家の育成の場として建設された集合アトリエ。
パリのモンマルトルにある本家本元をそっくり模して建てられたそ
う。モンマルトルのラ・リューシュにはかつてマルク・シャガール
も住んでいたそうです)
  ↓
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アントニ・クラーベの作品を展示してある安藤忠雄設計の光の美術館
内部。外から見た建物と中に入っての空間の使い方が全然違って驚く。
  ↓
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外側はシンプルな箱に見える
  ↓
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これはなんと茶室。阿川弘之氏によって「徹」と命名されたそう。
でもいったいどこから登る? しかも着物着て??
  ↓
山梨へ

黄色い建築物の題名は「エッフェル像」
  ↓
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雲一つない青空を背景に、白樺の美しさが映える
  ↓
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時々ここを訪れるという初老の紳士が、叔母達に「山梨県立美術館
は絶対行かれてくださいよ」と言われたので「では・・」と次は山梨
県立美術館へ。

ここはミレーの作品の収集で有名だそうで、「種をまく人」「落ち穂
拾い」などの他、バルビゾン派の画家達の作品も多く展示してありま
した。

山梨といえば、果物やワインのイメージしかありませんでしたが、芸
術面もこんなにすごいんですね!

夜は盆地全体の夜景を見渡せる露天風呂のある温泉に連れて行っても
らい、そこで山梨名物「ほうとう」と「鳥もつ煮」をいただきました。

「ほうとう」は観光客にとって好き嫌いが分かれるそうですが、私は
大分の「だんご汁」も大好きなので、この系統は好物です♪

鳥もつ煮は2010年のB-1グランプリで優勝した甲州名物だそうで、
こってりした甘辛さがとっても美味でした。

翌日は、本栖湖―精進湖―西湖―河口湖とまわって、富士山の五合目
までドライブ。

本栖湖は晴れて風のない日は、水面にきれいに逆さ富士が映り、
その光景が1000円札の裏の図柄になっていますーーと聞き、
「ホント?」と1000円札を取り出して見てみました。ほんとだ!
毎日のように使用しているお札なのに、野口英世の裏がどういう
図柄かなんて、全然覚えてもいませんでした。

精進湖から見る富士山は、前にちっちゃい富士山があるように見え
るので「抱え富士」と呼ばれるそうです。
  ↓
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ここは西湖の端っこだったか河口湖の端っこだったか・・・
もう覚えてないわ、このナサケナイ記憶力・・・
  ↓
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河口湖沿いはお店も多く、綾小路きみまろのお店もありました。
ミーハーな私はすぐ記念写真。お店の中にはライブDVDが流れていて
「言ったことは忘れ、聞いたことも忘れ、そして忘れたことさえ
忘れていくーーー」
なんて、まるで私に話しかけているようではあり
ませんか!
  ↓
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初日にも増して空気も澄み、青空が広がる素晴らしい秋晴れで、五合
目からの眺望も北アルプスまで見え、息をのむ雄大さ、美しさで感動
しました。

富士山の中に入ってしまうと、山肌も黒く、絵でみるような青いイメ
ージとは程遠いのですが、各湖から眺める富士山は本当に神々しいく
らいに美しく、みな自然と手を合わせて拝んでしまいました。

ロッジの方が言われるには「富士山は日本一のパワースポット」
なのだそうです。

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富士山五合目でしか食べられないという富士山メロンパン。
  ↓
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従妹たちの住んでいるところは市内ではなく鰍沢というところなので
すが、「鰍」という字で思い出したことがあります。

4~5年前、娘と2人で北海道周遊バスツアーに行ったときのこと、
長い道中、時々ガイドさんがクイズをするのですが、「魚ヘンの漢字」
シリーズにこの「鰍」という問題が出て、「秋の魚なんだからサンマ
でしょ?」
ととっさに答えたおバカな私・・・。

(少し考えれば「秋刀魚」だということはわかったのですが)

正解は、はい、「かじか」です。

3日目は昇仙峡で自然がつくった造形美を堪能したあと、サントリー
登美の丘ワイナリーへ。

昇仙峡は紅葉の見頃。
  ↓
山梨へ

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昇仙峡のシンボル、覚円峰。
  ↓
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昇仙峡にある影絵の森美術館の藤城清治氏の作品の数々はどれも
幻想的で綺麗でした!
  ↓
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  ↑
登美の丘では広大なぶどう畑を見渡しながら美味しいランチをいただ
き、そして、母達を見送るために松本空港へ。

諏訪湖を通ります
  ↓
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3日間、長距離を毎日運転してくれた従妹に感謝です。

母達を見送ったあと、東京へ向かう私を甲府駅まで送ってくれた車中
で、久しぶりに従妹と2人でゆっくり話が出来ました。

ケイコ叔母の長女である従妹は私と同い歳なのですが、小さい時から
利発で独立心が強くしっかりしていて、すぐピーピー人に頼る私とは
正反対。

結婚してからも、どんな苦労があっても決して親にも頼らず弱音を吐
かず、「だって言ってもどうなるわけでもなし、しょうがないでしょ」
「みんな人生それぞれいろいろあるんだから」と自分で乗り越えて行
く彼女の芯の強さは身内ながらほんとに尊敬してしまいます。

人生何がおこるかわからない、おきたことで自分の力ではどうしよう
もないことは覚悟を決めて「受けて」いくーーという姿勢です。

「OOちゃんはほんとに偉いよね」と言う私に、母は、

「でも母親からしてみれば、娘が辛いときは心配してやりたい気もあ
る。何も話してくれないというのもちょっと寂しいかも・・・」

「じゃあ、ちょっとでもなにかあるとすぐギャーギャー言う私ってけ
っこう親孝行?!」

「ーーあんたは言い過ぎ」

やっぱり・・。

甲府は、すこし足を伸ばせばいろんな名所観光地に行くことが出来る
恵まれた場所だということがわかり、「次回はぜひ安曇野・あんずの
里を春に訪れたい」と従妹と約束して、甲府駅から東京へ向かった私
でした。

to be continued--



2011・11・16 湯布院へ

朝晩寒くなってきましたね。

先週末は、大分の湯布院に行って来たSophieです。

主人の先輩のOさんご夫妻が「昔からのお友達夫婦4組で久しぶりに
ゆっくり旅行兼お食事を一緒にしましょう」と計画してくださったの
です。

泊まりは会員制ホテル、夕食はムスタッシュというオーベルジュで。
(オーベルジュAubergeって知らなかったのですが、フランス語で
「主に郊外や地方にある宿泊施設を備えたレストラン」なんですって)

緑に囲まれた静かな雰囲気のなか、木の香りがする、家庭的な小さな
レストラン。優しそうな、お髭のご主人が自らお料理も運んでくださ
り、さりげない程よいおしゃべりが出来、ワインやお料理、お塩の話
までしてくださいました。

久しぶりにお会いする皆様との会話も楽しく、帰りの時間を気にする
こともなくゆっくりとした時が流れます。ああ、優雅・・・

湯布院とくれば温泉。

ホテルの露天風呂は目の前に雄大な由布岳が見えます。
   ↓
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「いのちの洗濯とはこのことね~~ああ、極楽極楽」ーーとつぶやき
ながら、ふと、英語でこういう時「あ~~heaven, heaven」なんて
言うのかしらん?などとくだらないことを考える私・・.

翌日曜日は、各家族自由行動で三々五々帰る、ということになってい
たので私達夫婦は金鱗湖周辺を散策。

すっかり観光地化して、いろいろ新しいお店が出来ているのにびっく
り!

韓国からの観光客が多かったようなので、海外からの旅行客に与える
震災の影響も少しはなくなったのかな、と感じました。

ゆふいん駅前
  ↓
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お昼にとり天でも食べて帰ろうかとしているところに、Oさんから電
話がはいり「急なんだけど、杵築まで行きませんか?」とのお誘い。

杵築は国東半島にある静かな城下町で、白壁の続く昔ながらの武家屋
敷で有名ですが、私は訪れるのは初めて。

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市役所の入口
 ↓
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武家屋敷地区の中にある杵築カソリック教会のフラガ神父様(スペイ
ン出身)は、ある皇族の方にもパエリアをお教えしたことがあるとい
うほどの料理の名人です。

お料理の本も出されています。
  ↓
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Oさんの妹さんがフラガ神父様と懇意にしてらっしゃる関係で、ちょ
うどこの日「教会で一緒にお昼をいただきましょう」というタイミン
グのいい話となり、私達も誘っていただけたというわけでした。

湯布院まで来ていなければ、杵築まで足をのばすことは出来なかった
でしょう。なんてラッキー~~~
お世話になったOさんに感謝です

武家屋敷がそのまま教会になったとってもユニークな教会です
  ↓
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教会内部
 ↓
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フラガ神父様にひとつお料理を教えていただきました。
  ↓
土鍋にオリーブオイル(わりとたっぷり)、つぶしたにんにくを5~
6かけ、種を抜いた唐辛子を3本ほど、岩塩少々を加えてあたためま
す。熱したところへ、いかソーメンを2~3パック、ジャッと入れて
出来上がり。

カリカリにトーストした薄切りフランスパンなどにオイルごとのせて
いただくとワインにぴったりのおつまみになります。

このお料理、本来なら「うなぎの子」を使うのだそうです。
(いかソーメンを使うと安くて手軽に出来る)
博多なら、白魚で作ってもいいですねー。

優しくて面白くてほんとに魅力的な神父様で、地域に溶け込み地元の
皆さんに愛されている様子がわかりました。

神父様とツーショット
  ↓
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いつまでもお元気でいらしてくださいね!

あたたかい気持ちで帰路につきました。

帰りは道を間違えませんでしたよーーーというのも、往路、大分県に
行くのになぜか主人、高速を反対方向の熊本方面へ走っていたのです
(笑)実は私は助手席で眠りこけていて、目を覚ましたら「柳川」の
文字が・・。

「いやー、しばらく来てなかったから間違えた」・・って、アナタ
ご自分大分県の出身でしょ?!

結局大牟田まで行ってしまってUターンしたのですが、この顛末は主
人の名誉のために他のご夫婦にはバラしませんでしたよ。
(と言いつつここで言いふらす私って・・・)ヾ(~O~;) コレ

日曜日にペーパードライバー講習に行っていたという娘、担当になっ
たのがイヤミな教官だったそうで、

(金八風に)「はい、ここ何キロ制限かわかってますか~?」

「はい、標識見てますか~?」

などと散々注意されおちこんだ・・と言っておりました。

「いいのよ、厳しくしてもらった方が安全のために」

となぐさめながら、チラと主人の方を見て、心の中で

(標識見てますか~?)

とつぶやいた私なのでした。
助手席で寝るなッ!と夫は言うでしょうけど・・・)





2011・11・9 群れて慣れて頼って

Baselでのインドアテニスで準優勝した錦織圭、すごかったですね!

松岡修造と一緒に気分が高揚してしまったSophieです。

さて、ひとつ前のブログmy lifeカテゴリ「宮島へ」で書いたのですが、
広島の母の友人を訪ねた時、フラダンスのお稽古にも「級」があって
試験を受けるたびにかなりのお金がかかる、という話を聞きました。

日本って、不思議なことに、どんなお稽古事でもなぜか組織が出来て、
カリキュラムが細かく決められていて、到達度によって級とか段とか
資格とか与えられ、そのたびにお金がいるーーというシステムになっ
ていますね。

昔アメリカに住んでいた頃、キルトを習っていたのですが、そこでは
基本的なことをひととおり教わったあとは、個人の自由で自分の作り
たいものを作ったり、生地も好きなものを選んだり出来て、わからな
いところは先生がアドバイスをくださったり、そういうスタイルで皆
自分の必要なもの、好きなもの、を作っていました。

なかには、「この色合わせはどうよ」というような作品になること
もありましたが、それはそれで、その人の個性が出ていてみなそれな
りにユニークでおもしろかったと思います。

日本に帰国してキルトを続けたいと思って近くのお教室に入ったので
すが、そこではトップの先生(あるいは協会?)が決めたキッチリと
したカリキュラムがあり、「これはいらない」とか「作りたくないか
らスキップしたい」ということが出来ず、生地もどういうものを使う
かということにかなり制約もあり、なんだかそういう「枠」にはめら
れてしまうのがいやで、やめてしまったことを思い出しました。

まあ、カリキュラムがきちんとしているということは、どこで習って
も均一にムラのない指導を受けられるというメリットもあるのでしょ
うし、どちらがいい、悪い、とは言えませんが。

でももう少し鷹揚に、個性とか自由な選択とかが活かせるかたちにし
てもいいのではないかなあ・・などと常々思っていたところに、最近、
堀文子さんという93歳の画家のドキュメンタリーをNHKでやって
いるのをチラッと見る機会がありました。

「群れない、慣れない、頼らない。これが私のモットーです」

「自分は自由でいることに命をかけてきたような人間です」

という堀文子さんは、何ものにも縛られず権威に組せず、いかなる画
壇にも属さず、孤独を恐れずに自由を求め続けてこられてきた方で、
その言葉が多くの人に勇気を与えているそうです。

母が「堀文子の言葉 ひとりで生きる」という本を買ってきましたの
で、私も次に読ませてもらおうと思っています。

広島のオバチャマも、どちらかというとおよそ組織に属するーという
感じではなく、素っ頓狂であろうとも自分の心に正直に自由に生きて
こられた方ですが、そのため精神的には苦しい時期もおありだったよ
うです。

「群れない」というのは勇気のいることだと思いますーー特に「みん
な一緒」で和と調和を重んじる日本社会では。

私など、キルトこそ「もっと自由にしたいワ」などと偉そうにやめま
したが、本来は典型的「群れる、慣れる、頼る」人間です。

そうする方が「楽」なんですね。

でも、何かを成し得た人というのはやはり何か自分の信念というか美
学というか一本芯の通ったものを持っていて、決して易きに流れず迎
合しなかった人なんだなあ・・・。(と、昨今の明治や昭和を舞台に
したテレビや映画を見て思うこと)

ガッチリした組織の機動力と、個人の自由と、そのバランスをとるこ
とが出来れば一番いいのでしょうが。

これから何かを成し得そうもない私は、きっと群れて慣れて頼りっぱ
なしで生きていくのだろうなあ・・・とは思いつつも、堀文子さんの
ご本を読んで「喝!」が入るかもしれまん。

また読後感などをお知らせしたいと思います。

2011・11・2 広島へ

有給休暇がとれた娘と一緒に、先週広島に行って来たSophieです。

有給とれるのは1ヶ月前からわかっていたのですが、「どこ行く?」
「そうねえ・・」の繰り返しで全然決まらないグダグダの2人。
(2人ともこういう”計画”をサクサクたてるのがからきし苦手)

見かねた母が「私の古い友達が広島にいるからそこ行ってくれば?」

「そういえば近いのに広島って一度も行ったことがない」ーーとい
うわけで切符買いに行ったついでに宿もJRのパックで予約してもら
い、なにもかもセットになったお気楽旅行に出かけていったのでし
た。

そこまでしてもらいながらも、道中何回か「切符がない!」と騒
ぎ、探しまわった似た者ズボラ親子・・・私、通訳案内士の資格だ
けは持っているのですが、絶対「向いてない」と自分でも思います
・・・。

JRでもらったパンフレットに主な観光スポットは全部のっているし、
説明も書いてあるし、ルートは「いいや、わからなかったら人に聞
けばいいし」と確認もしないまま。

駅に着いてインフォメーションデスクのマップをもらい、わからなけ
ればまわりの人に聞く。看板や標識を見る。そしてまたひたすら聞く。

この「出たとこ勝負、なんとかなるさ」精神で当初の目的は全て完遂、
結局なんとかなりました。(ご迷惑をかけた皆様スミマセン、ありが
とうございました)

宮島のことなどはまたマイライフカテゴリーでブログに書くつもりで
すが、ここでは、原爆ドームや資料館を訪れて思ったこと、を述べた
いと思います。(・・って弁論大会みたいですね・・)

広島は日本人として一度は訪れておかねばならない場所だとはずっと
思っていましたが、それ以上に私にとって意味があるのは、母方の祖
父が当時福岡から広島陸軍病院に軍医として召集されており、ここで
被爆しているからでした。

生前の祖父から直接その体験を聞いたことはありませんでしたが、祖
父は句集や随筆集を5、6冊自費出版しており、その中に少し当時の
ことを書いてある箇所があります。

陸軍病院本院は爆心地にあり、もしあの時間(8時15分)にそこに
いたら祖父は間違いなく死んでいたでしょう。

ひょっとしたらそれで当時小学生だった母の運命も変わり、父とお見
合いすることもなく、私も生まれていなかったかもしれません。

皆実町というところに下宿していた祖父はいつもどおり7時過ぎに家
を出たのですが、たまたまその日、知人の隣家の若夫婦の赤ちゃんが
下痢をしているので見てもらえないかと頼まれ(祖父は小児科が専門
であったので)出勤の途中立ち寄っていたので助かったのだそうです。

「診察を終わって若いお母さんと話をしている時だった。百雷の一時
に落ちて稲妻が百も集まったかと思った瞬間、私は家の下敷きになっ
ていた。しばらくなにがなんだか判らなかったが、ようやくのことで
屋根の裂け目を探して、潰れた屋根の上に脱出することができた」
(「小児診療五十年」より)

すぐに病院へ向かったものの、本院へ続く道は一面火の海で進むこと
も出来ず、御幸橋のたもとで火の手が鎮まるまで待機し、午後3時頃
になってやっと辿り着いたそうです。

「門を入ったところの病院の広場には、数えきれないほどの死体が転
がっていた。患者、看護婦、衛生兵など、みな着衣のままであまり外
傷なども見られず、あたかも寝転んでいるといった状態であった。生
存者は一人もいないようでうめき声ひとつ聞こえなかった。シーンと
静まりかえっているのが不気味な程で、これが死の静寂というのであ
ろうか。」
(「つれづれの旅」広島の思い出、より)

偶然同じ病院に半年前召集されていた祖父の長兄は、屋外で被爆し
亡くなっています。40歳だったそうです。

それからの数日間、祖父は不眠不休で次々に運び込まれてくる患者達
の治療(といってもせいぜい赤チンキを塗るぐらいしか出来なかった
そうです)をし、十数日たった頃、「病理検査の血液に白血球がひと
つもない」という報告を受け、また患者さん達が次々に鼻血を出す、
下痢や下血をする、頭髪がゴソッと抜ける、などの症状が出るように
なり、見当もつかないまま「これはすべて被爆に起因するのではない
だろうか」と、重症度と白血球の関連性のデータを取り始めました。

そうこうするうちに祖父自身も、全身倦怠感がひどく食欲がなくなる、
頭がボンヤリして思考力もさっぱりなくなる、という症状が出て来て
白血球も4000-3000-2400と減少していき(祖父のとっ
たデータでは1000以下になると全員死亡、2000以下でも多数
死亡だった)死を覚悟したそうです。

幸いなんとか好転して生き延び、祖父は90過ぎまで長寿を保ちまし
た。

同じ病院にいた兄弟なのに、こうも運命の分かれ道はわからないもの
だなあ・・と思います。

Wさんという婦長さんは、数日後に海軍士官と結婚するため呉に帰る
ことが決まっており、引き継ぎの残務整理をしているところに原爆に
遭ったそうです。

フィアンセの海軍士官の方がみえられ、祖父に「最後の様子を」と尋
ねられたものの、彼女の最後を見届けた者は誰もいないのでなんとお
答えしてよいか言葉がなかったーーという祖父は、こう書いています。

「戦争とは悲惨なものである。生と死はほんの紙一重、一日の違いで
あったとしみじみ感じたのだった。すべてはみな運である。また運と
思ってあきらめるより他にあきらめようがない。戦争という非常の時
はことにその感が深い」

資料館の展示だけではきっとその時のほんとの悲惨さは表せないし、
伝えきれないものがあるのでしょうが、亡くなった一人一人にそれぞ
れのかけがえのない人生があったことはたしかで、戦後の私達は間違
いなくこの沢山の犠牲のうえに生かさせてもらっているのだと想い、
慰霊碑の前で深く深く頭を垂れたのでした。

ちょうど倉敷からの中学生が祈りを捧げ、代表の子が平和の誓いを
読み上げていました。
  ↓
DSC00841_convert_20111101211431.jpg

原爆ドームの前では厳粛な気持ちになります
  ↓
広島行き

公園内で、被爆2世というガイドの方が、放射能の影響についてもい
ろいろお話してくれましたが、最後に、「数日後には線路を復旧させ
電車が動き出した、銀行も営業した、数十年草木も生えないと言われ
た広島の焦土が、7年後には完全に復興した。広島はほんとにすごい
んだ!
」と自慢されていました。
(ほんとにすごいです!)

復興の原動力はやはり「希望」だと思います。

これからの日本も、みんなが「希望」を持てる国であってほしいーー
と願いつつ、お腹がグーと鳴り、母の友人オススメの「みっちゃん」
本店にお好み焼きを食べに急ぐ私と娘でありました。
  ↓
DSC00843_convert_20111101211623.jpg
何層にもレイヤーになった広島風はキャベツも具も山盛りですごく
美味しい 娘のは牡蠣入り。  

そのあと広島城へ
 ↓
DSC00854_convert_20111101211828.jpg
祖父の本には広島城についての記述もあります。
 ↓ 
「原爆の翌々日私は命令受領のため城内に入った。城門を入って見あ
げると、毎日のように眺めていた空にそびえ立っていたお城が天守閣
がない。近づいて見ると、お城のあったところにあたかもマッチ箱を
引っくり返し、マッチの軸でもバラ撒いたように積み重なって、お城
がペチャンコになっていた。昨日までのあの威容を誇っていたお城は
一体どうしたのか。」


戦後は市井の一開業医として、未来を担う子供達をみてきた祖父は
誠実に真面目に質素に生き、80を超えて自分の体を診てもらうた
めに大学病院へ行くのにもバスを乗り継いで通っていて、母が
「タクシーぐらい乗ってもバチはあたらないのに・・」と言ってい
たことを思い出します。

若い頃は祖父の戦争体験などあまり興味もわかなかった私ですが、
この年になって広島を訪れ、またあらためて祖父が残してくれた本を
読んで、淡々と記述されているけれども「この世の地獄」を見た祖父
は自分のそれからの命を「いただいたもの」としてほんとに感謝して
無駄にすまいと自分を律して生きてきたのではないかなあ・・などと
思ったりしたのです。

「ああ、もう少しちゃんとおじいちゃんの話も聞いておけばよかった」
ーーーと、よくある話でしょうが・・「後悔先に立たず」です・・・。


つづく

2011・10・26 ライアンの結婚

ますます小さな字が見えづらくなり、韓流ドラマ「太陽をのみ込め」
を「大腸をのみ込め」と読んでしまったSophieです。(どんなドラ
マやねん!)

我が家は、息子が大学で上京して以来、空いた部屋を利用して日本語
学校、大学、日米協会、その他いろいろな関係から頼まれたときにホ
ームステイの受け入れをしているのですが、今までに16歳から65
歳まで、10カ国以上の方々がうちに数週間単位でステイしていかれ
ました。

その時だけのご縁の方もありますが、中にはあちらの国を訪ねて逆に
ホームステイさせてもらってお世話になった方々や、絶えずメールで
近況報告をくださる方もいます。

人間関係って、曰く言いがたい「相性」みたいなものがあると思うの
ですが、そういう方々とはお互いなにかご縁をつないでいきたいとい
う、英語で言う”chemistry”があるのだろうなあと思います。

ライアンもそういう人のひとりです。

ドラゴンボールZにあこがれて日本語に興味を持ち、高校で日本語を
習っていたため、来日前からかなりのレベルではあったようですが、
こちらで日本語学校に入ってからはますます磨きをかけていき、人な
つこい性格も幸いして日本人の友達も沢山出来て、ほんとに上手な日
本語を話すようになりました。(博多弁まで上手くなりました)

私はステイしていった方たちのゲストブックを作っているのですが、
それを見るとライアンが初めてうちに来たのは2007年の5月。
当時24、5歳だったでしょうか。

空港から直接、初めて我が家に来たライアンは、なんとおまわりさん
と一緒でした!

地下鉄の駅を降りたはいいけれど、うちを見つけられずに結局近くの
派出所で尋ねたところ、警察の方がわざわざ連れてきてくれた、とい
うのです。

これも人なつこさのなせるわざ?!

日本大好き、福岡大好きになったライアンは、いったん帰国して働い
てお金を貯めてはまたやって来てしばらく滞在するーーーということ
を繰り返しておりました。

街を歩いていて、テレビに声をかけられインタビューされたことがき
っかけでローカル番組にも何回か出演?!したこともあります。

主人は「ライアンって”ER”に出て来るカーターに似てない?」と言
うのでけっこうイケメンの部類かも。

そのライアンが今月8日、故郷のサンディエゴで日本人の女の子アイ
ちゃんと結婚式を挙げ、23日の日曜日には福岡で結婚Partyがあっ
たので私も出席してきました。
  ↓
DSC00805_convert_20111024114321.jpg

振り返って思えば、2人の最初の出会いを作ったのはこの私なのです。

2007年にドゥロス号という国際親善と文化交流を目的に世界各国を
回っている世界最古の現役船(船上書店が有名)が博多に入港した時、
ライアンを誘って見学に行ったら、その船上で自作の絵を展示してい
たのがアイちゃんでした。

実はアイちゃんも、飯塚に住んでいた時分の知り合いのお嬢さんだっ
たので「あら~、アイちゃん!」と思わぬ再会に驚き、そこでライア
ンを「いまうちにホームステイしてるの」と紹介したのでした。

ライアンもイラストや漫画を描くアーティストだったので、お互い趣
味や話も合い、自然に魅かれていったのだと思います。

アイちゃんが描いたウェルカムボード
  ↓
ライアンwedding party

ライアンの作品はこちらから
   ↓
http://ryan-a.com/

アイちゃんの作品はこちらから
   ↓
http://aiuenogallery.blogspot.com/

結婚にいたるまでは紆余曲折ありながらーーだったようですが、こう
して若い2人の幸せな様子を見ていると、最初の小さなキューピッド
役が出来たことにとても嬉しくなる私なのでした。

アイちゃんのウエディングドレスは、アンティークドレスをリメイク
して自分でちくちく縫った手作りだそうです
   ↓
DSC00824_convert_20111024114402.jpg


もしライアンがドゥロス号に行かなかったら、アイちゃんと出逢えて
なかったかもしれないーーと思ったら、なぜかふと、昔観た"Sliding
Doors"
という映画を思い出しました。

主人公の女性(グィネス・パルトロー)が、地下鉄のドアが閉まって
乗り損なった場合と、開いて乗れた場合とで運命や恋の行方がどう変
わっていくかーー2つの場合が並行して進んでいくユニークでなかな
か面白い物語でした。

もし家を出るのが5分遅かったら、もしあの角を曲がらなかったら、
もしあの日あの場所を訪れなかったら、もしあの時あの決断をしてい
なかったら・・・だからこそ出逢えた人もあり、またそのために出逢
えなかった人も沢山あるのだろうな。

私達はふたつの人生を同時に送ることはできないからそれは永遠にわ
からないのだけれど。

運命はほんのひとつの曲がり角の差、ドアが閉まるか閉まらないかの
差かもしれないと思うとき、やはりなにか"chemistry"を超えた神の
采配
とでも呼ぶべきものを感じざるをえません。

それにつけてもいま毎日思うのは、年頃になった娘のこと。

「どこかに赤い糸で結ばれた運命の人がいるのでしょうが、どうぞ神
様、最善の時に最善のかたちで巡り会わせてくださいますように」
ーーと父の「仏壇」の前で手を合わせて祈るこのごろの私であります。



2011・10・19 いとしのコン様

先週から、芸術の秋、食欲の秋、を堪能しているSophieです。

金曜日は近藤嘉宏&青柳晋のピアノリサイタル「ザ・リスト!」へ。
  ↓
コンサートちらし

第1部は2人がそれぞれソロでリストを弾き、圧巻は第2部の、リス
トが編曲した2台のピアノで弾くベートーヴェン「交響曲第9番」。

超絶技巧練習曲なんかを作る人ですからリストの曲ってほんとにチョ
ーゼツ!!

2台のピアノの”チョーゼツ”なコンビネーションで見事にあの「第九」
全4楽章が再現され、その迫力に鳥肌がたちました。

近藤嘉宏さんはピアノ界の貴公子とも呼ばれる上品でハンサムな方で、
桐朋を主席で卒業されドイツに留学されたあと外国でしばらく活動し
ていた、技術も表現力も兼ね備えた実力派。
   ↓
近藤嘉宏


実は私は以前(カレが30代前半かなかばの頃だったでしょうか)
あまりに彼にときめき過ぎて、胸がいっぱいで食欲がなくなり、ダイ
エットに成功したという過去を持っております。(*⌒∇⌒*)テヘ

当時、かなりお腹もペッチャンコになり、9号スカートの試着をした
際、「うーん、ちょっと“大きい”みたい」という、一度言ってみたか
った念願の”夢のセリフ”を言うことが出来たという輝かしい?!瞬間
もあったっけ・・・・(ー_ーゞ 、、、(遠い目)。

そうそう、「あなたの夢を叶えます」というなにかの懸賞で、「近藤
嘉宏とお台場の高級ホテルでdinnerをし、そのあと私のためだけに
ピアノを弾いてもらいたい」
なんて大真面目に書いて応募したことも
ありました。(もちろん当選しませんでしたが・・)

CDは全部買い込み、一日中それを聴きながら家事をし、近くで演奏
会が開かれるたびに足しげく通いプチ追っかけをしていたものでした
が、日々の忙しさと現実にいつしか夢はうすれていき、今度のコンサ
ートはほんとに数年ぶりの、あこがれの人とのひとときでありました。

ドキドキしながら開演を待ち、ついに舞台に出てこられた時は、心の
中で「きゃあ~~~っ、コン様!」と黄色い声援をあげたのですが、
あ、あれ・・・?!コン様、ちょっとトシとられた?

30代の時の青年の”張り”がなくなったような・・・。(自分のこと
を棚に上げてまったくよく言うよ、ですが)

でもそのぶん渋みが増したというか無駄な力が抜けて演奏にも深みが
増したというか・・・やっぱり素敵な方でありました。

考えてみたらコン様も43歳位になられるのですねー。

青年というよりオジサマの年代に入ったのでしょうが、あいかわらず
細いし、離れていた年月の間、私のこの衰えぶり膨張ぶりに比べたら
・・・いや~、恥ずかしくてとても再会できないわ・・・(直に会え
たこともないくせにすっかり妄想モード)

土曜日は英語関係のお友達Mさんが毎年出演されるマンドリングルー
プのコンサートへ。

このグループはプロではないのですがとてもレベルの高い演奏をされ
るので毎回楽しみです。

一緒に行った通訳ガイドのFukkoさんは学生時代ご本人もマンドリン
をされてたそうで、「マンドリンって、真珠をころがすような音色っ
て言われているんですよ」と久しぶりにマンドリン聴いたと喜んでい
らっしゃいました。

たまに行くと、やっぱりナマの音楽会はいいなあ~~と思います。

月曜日には、時々うちでやっているアッセンデルフトペインティング
のクラスの皆様と、お料理上手の友人エイコさんの糸島のお宅に伺っ
て美味しいランチをこれでもかというほどいただいてきました。
   ↓
平尾さん宅

(エイコさん、この前糸島で催されたイベントの一環で、養老孟司氏、
名越康文氏始め50人のゲストが来られたパーティをこのご自宅で
やられてお料理も全部自分で作ってもてなされたそうです!超人的!)

メインはパエリアと
平尾さん宅
鹿児島黒豚のグリル
平尾さん宅

デザートはトライフル
平尾さん宅

前夜にチャチャッと作ったというクリスマス用のクッキーのおうち
平尾さん宅


音楽会のあと、「またコン様に恋心が再燃し、胸がいっぱいになって
ダイエット成功!という具合にいかないかしらん」などと思っていた
のですが、なんでも美味しい食欲の秋に、このふたつは”チョーゼツ”
な矛盾となり難しそうです・・・。



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